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東京裁判と竹山道雄氏の半世紀以上前の書と

2012/01/28 21:07

 

 

 昨夜、東京・西荻窪で会合までの時間つぶしに古書店をのぞいたところ、以前から探していた竹山道雄氏の「ヨーロッパの旅」(新潮社、昭和32刊行)を見つけました。50年以上前の本にしてはきれいな状態で、なんと100円でした。

 

 この本には、竹山氏が昭和30年から31年にかけてイタリアスイスドイツ、オランダを歩いて見聞きしたこと、考えたことが記されています。この本を私が手元に置いておきたかったのは、竹山氏が東京裁判のオランダ代表だった旧知のローリング判事を訪ね、東京裁判について意見を交わす部分がとても興味深いからです。竹山氏はこう書いています。

 

 《……長身のローリング氏が玄関に立っていて、

「待っていました、タケヤマサン」

といって、しっかりと手を握ってくれたときはうれしかった。

書斎に通されて、坐って、八年ぶりの再会の挨拶もすまないかのうちに、話はもう極東裁判のことになった。

 

「あの判決はあやまりだった」と、ローリング氏は感慨をこめた面持ちでこちらをじっと見入りながら、いった。「もしあの裁判がいま行われれば、あのようには考えられないだろう。俘虜虐待など通常の戦争犯罪は別として、政策の結果として起こったことに対しては、ああいう結論にはならなかっただろう。おおむねインド人のパルのように考えただろう」

 

(中略)

 

 ローリング氏当時の同僚のある人たちにはかなりの不満をもっているように察せられた。首席検事の人物については、ある手きびしい批判をしていた。

「右のようなことはあったが、しかし何といってもあの裁判のあやまちを生んだ最大の原因は、結局は日本の内政の歴史の真相が分からないことにあった。あまりにも錯雑して、どれが表でどれが裏だか見透せなかった。あの歴史の個性がついに発見されなかった。それでナチスからの類推をしたようなことになってしまった。私自身も赴任するまでは日本について何の知識もなく、研究するにしたがってじつに五里霧中を迷った」》

 

 ……いい買い物をしました。この竹山氏とローリング判事の会話については、200581日付の産経の東京裁判特集の紙面で

 

 《■オランダ判事「裁判誤り」、竹山道雄氏に後年吐露

 

 小説『ビルマの竪琴』の作者として知られるドイツ文学者の竹山道雄氏(故人)は昭和二十二年に偶然、東京裁判のオランダ代表判事、ローリング氏と知り合い、裁判について親しく意見を交わすようになった。

 竹山氏の著作『昭和の精神史』などによると、ローリング氏は「東郷をどう思うか」とA級戦犯とされた東郷茂徳元外相について意見を求めたり、裁判への疑問を述べた竹山氏に対し、「いまは人々が感情的になっているが、やがて冷静にかえったら、より正しく判断することができるようになるだろう」と漏らしたりしている。

 ローリング氏は二十三年十一月の東京裁判の判決時には、オランダ政府の意向に逆らい判決内容に反対する意見書を提出。意見書は被告全員を有罪とした本判決とは異なり、畑俊六、広田弘毅、木戸幸一、重光葵、東郷茂徳の五被告に無罪判決を下した。

 それから八年後の三十一年、オランダを訪問した竹山氏に対し、ローリング氏は「あの裁判は誤りだった」と東京裁判を批判。さらに「もしあの裁判がいま行われれば、あのようには考えられないだろう。俘虜虐待などの通常の戦争犯罪は別として、政策の結果として起こったことに対しては、ああいう結論にはならなかっただろう。おおむねインド人のパルのように考えただろう」と振り返っている。》

 

 と書いたことがあったのですが、いつのまにか引用した原典がどこかにいってしまい、気持ちが悪かったのでした。

 

 で、きょうはゆっくりこの本を読んですごそうと思っていたところ、発熱、嘔吐、全身倦怠、頭痛などの諸症状がいっぺんに出て夕方まで起き上がれませんでした。人生、いいことも悪いこともいろいろありますねえ。

 

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民主党が掲げる最低保障年金には消費税7%上げが必要だって!

2012/01/26 13:21

 

 

 いまさら民主党の衆院選マニフェストのでたらめぶりには驚かないつもりでしたが、昨日の朝日新聞が1面で掲載していた「『最低保障年金』導入なら消費税最大7%分 民主試算」という記事を読み、ほとほとあきれ果てました。

 

自民党など野党側は早くから「詐欺フェスト」と呼んでいましたし、最近では民主党の1年生議員からも「政権交代ではなくて政権泥棒だった」と率直な声が聞こえてきますが、まったくその通りだと思います。ひどいものです。

 

 民主党マニフェストで、払った保険料に応じて受給額が決まる所得比例年金と全額税方式の最低保障年金(月額7万円)を組み合わせた年金改革を約束していましたね。これに対しては、野党やメディアからも財源はどうするのかという疑問が出ていましたが、民主党はずっと答えずに誤魔化してきました。

 

 で、私はこの最低保障年金の問題について昨年2月3日のエントリ「マニフェストつくった奴出てこい!と民主党議員」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2139815/)で取り上げています。このときは、国会で「どのくらいの財源が必要だと考えているのか」と質問された当時の菅直人首相や枝野幸男官房長官が「まだ具体的な数字をこれまで固めていない。(数字は)これまでのところ出していない」などと、しどろもどろの答弁をしたことを紹介しました。

 

 その上で、この質疑を聞いた桜井充財務副大臣が記者会見で

 

 「正直言って、アバウトな数字は持っていると思っていた。あの当時マニフェスト作った人たちに、もう少し説明してもらいたい。あれは、あの当時、ごく一部の人がつくった。消費税、だったらどれくらいになるのか」

 

 と驚き、マニフェストづくりの担当者らの説明を求めたことを記したのでした。マニフェストに関しては、江田五月元法相も「心眼でつくった」などと意味不明のことを口走っていましたが、民主党は「消えた年金」など歴代自民党政権の年金問題へのいいかげんな姿勢を追及して有権者の支持を集めたのに、その実、自分たちはもっといいかげんだったというわけです。

 

 ところが、昨日の朝日の記事によると、民主党の調査会が昨春に試算をつくっており、それは「最低保障年金を導入すると、消費税10%への引き上げとは別に、新たに7%分の増税が必要になる」という内容だったそうです。しかも、さらなる増税や年金の減額が国民の反発を招きかねないため、公表が見送られたとのことです。

 

 この試算が菅氏の答弁の前か後かは不明ですし、朝日の記事がすべて正しいのかどうかは分かりませんが、事実だとすると本当にひどい話ですね。民主党が掲げた最低保障年金に期待して一票を投じた有権者も、そのために7%の消費税上げが必要だと分かっていたらどう考えたことでしょうか。

 

 しかも、昨春には試算が出ていたのに、それを都合が悪いからとまた国民の目から丸1年間近くも隠し、隠蔽してきたわけです。先日のNHK番組では、自民党側に「マニフェストは総崩れ」と指摘された前原誠司政調会長が怒って反論していましたが、そもそも怒る資格などありませんね。

 

 やはり国民にきちんと謝罪して、その上でなお政権にとどまりたいのなら、衆院解散・総選挙でもう一度信を問い直すべきでしょう。このままずるずると民主党政権が続くと、消費税は30%必要だと言い出しそうで怖い。いやホントに。

 

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野田首相の施政方針演説と消えた「天下り」

2012/01/24 13:43

 

 

 本日、野田佳彦首相は初めての施政方針演説を行いました。野田首相は「行政改革に不退転の覚悟で臨む」と主張し、独立行政法人特別会計、公務員制度などの改革に意欲を示しましたが、私が気になったのは「天下り」という言葉を一切使わなかったことです。

 

 そういえば最近、政治家や官僚と話していても「天下り」云々という言葉を聞かなくなりました。一時はあれほど国政の中心課題のように毎日、目から耳から飛び込んできたものなのに、民主党政権が発足すると、だんだん天下り根絶を求める声はフェードアウトしていき、「官僚を最大限に使う」と主張する3代目の野田首相の登場とともに完全に忘れ去られてしまったかのようです。

 

 あんなに国民の注目を集め、新聞は当然としてテレビニュースでも毎日のように取り上げられていたのに、隔日の感がありますね。最近はむしろ鳩山、菅両内閣が官僚を使いこなせず、それどころか敵視してかえって行き詰まったという部分が重視され、民主党政権が天下り問題をほとんど放置していることは意識になかなかのぼらないようです。

 

 そんな中、1月14日付東京新聞の社説「増税前にやるべきこと」は光っていました。この社説は、ひたすら国民が望まない増税に突き進む野田政権に対し「増税の前にやるべきことがあるだろう」として、被用者年金の一元化などの抜本改革が手付かずであることを指摘した上でこう書いています。

 

 《さらに、取り組むべき行政改革から「天下り根絶」が完全に抜け落ちているのはどうしたことか。

 天下り先の独立行政法人に多額の予算を投入し、その法人が仕事をさらに下請けに丸投げする。この「天下り・丸投げ」構造を改めない限り、行政の無駄はなくならない。天下り根絶こそまさに行革の本丸だ。》

 

 ……10日も前の他紙の社説をわざわざ引っ張り出してきたのは、さきほど、いま話題の野田首相の2009年8月の衆院選時の大阪府堺市での街頭演説のユーチューブ映像を改めて見て確かめて、やはりきちんと触れておきたくなったからです。野田氏はこのとき、演説でこう述べています。

 

 《マニフェスト、ルールがあるんです。書いてあることを命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです。それがルールです。(後期高齢者医療制度など)書いてないことを平気でやる。これっておかしいと思いませんか。書いてあったことは4年間、何もやらないで、書いていないことは平気でやる。それはマニフェストを語る資格がない。

その(マニフェストの)1丁目1番地は「税金の無駄遣いは許さない」ということです。天下りを許さない。渡りは許さない。それを徹底していきたいと思います。

消費税1%は2兆5000億円です。12兆6000億円ということは、消費税5%分ということです。消費税5%分の皆さんの税金に、天下り法人がぶら下がっている。シロアリがたかっているんです。

それなのに、シロアリを退治しないで、今度は消費税を引き上げるんですか。消費税の税収が20兆円になるなら、またシロアリがたかるかもしれません。鳩山さんが「4年間、消費税を引き上げない」と言ったのはそこなんです。シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす。

そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです。徹底して税金の無駄遣いをなくしていく。それが民主党の考え方です。》

 

 ……鳩山由紀夫元首相も菅直人前首相もいまや伝説的な「ブーメランの使い手」でありますが、この野田首相の演説は彼らを超えたクオリティーの高さです。野田首相は最近、「マニフェストに書いていないことをやるのはけしからんと言われたら、何もできない」と野党側を批判しているだけに。

 

もちろん、野田首相が独法改革に意欲を示していること自体は悪いことではありません。でも、それとて09年のマニフェストの「全廃も含めた根本的な見直し」と比べると大いに見劣りするというか後退していますね。これらの改革でいくら歳出削減できるかの試算も示していませんし。

 

 演説で野田首相は、わざわざ福田康夫元首相と麻生太郎元首相の言葉を引用して自民党への抱きつきも図りましたが、これも功を奏するとはあまり思えません。引用された二人も「お前が言うな」と思ったことでしょう。

 

 まあ、なんだかどこかで聞いたようなセリフをうまく切り貼りしてあって、「巧言令色少ないかな仁」という印象を受ける演説でもありました。反省と自嘲も込めて書くと、ある意味、ある種のジャーナリスト的手法かも。

 

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野中氏の発言と小沢氏に関するどうでもいい夢と

2012/01/23 11:54

 

 

 民主党小沢一郎元代表が会長を務める「新しい政策研究会」が16日の党大会直後に会合を開いたところ、109人もの出席者がいたことが、ちょっと前に話題になりました。「消費税増税反対」の活動にそれなりの人数が集うのは当然でしょうが、落ち目の小沢氏にまだそんなに求心力が残されていたのかという驚き、意外感がありましたね。

 

 で、これに関連して昨日のTBS時事放談で、野中広務元官房長官が興味深いことを述べていました。野中氏のこの伝聞情報の真偽は現時点では分かりませんが、もしこの通りだとすると、小沢氏かその周囲が、カネで人を集めたということになります。

 

野中氏 (109人は)多い数だが、「行ったら金一封の20万円ほどが包まれていた」とか、いろんなことを言う人がいますからね。行ったら日当になるぐらいに思って行った人もいるだろうし、行ったら今度の選挙に前のような手伝いをしてもらえるかもしれない。これは金銭的なところから出たと思う。だから民主党の中の若い人は揺れ動いている。選挙が早くなれば、だれか金銭的にバックアップしてくれる人がほしい。

 

 ……まあ、選挙になればカネがかかるのは事実ですから、少なくともパトロンなり庇護者なりが欲しいという部分は本当でしょう。溺れる者はワラをも掴むと言いますし、小沢氏にしてもここらで存在感を示さないとじり貧で埋没していくばかりだし。それにしても、仮に100人に20万円を配ったとしたら2000万円かかります。おそらく民主党議員かその関係者でしょうが、野中氏が誰からこの話を聞いたか気になるところですね。

 

 まあそんなことをぼーっと考えていたためか、昨夜(今朝)は夢に小沢氏が出てきました。昨年12月のエントリで書いたように、以前には菅直人前首相が登場する実にイヤな、何とも恥ずかしい夢を見たわけですが、今回の夢もなんというか、余り威張れた内容ではありませんでした。我ながら、何でこんな夢を見るのか。

 

 夢の中で私は、なぜか知人と渓流を泳ぎながら小沢氏について議論していました。その中で、私が「小沢さんは結局、無用の長物だから」と言ったところで、行く手の川の中で眠っている様子の小沢氏を見つけたのです。水の中で眠っているというのはいかにもありえない設定ですが、そこは夢の話ですし、野田佳彦首相が自身をドジョウにたとえて以来、私は小沢氏を見るとよくオオサンショウウオを連想するようになったので、その影響かもしれません。

 

ともあれ、私が「もしかしたら聞こえたかな」と少しびくびくしながら横を泳いで通ろうとすると、いききなり小沢氏が目を見開いてはしっと私の腕をつかみました。そして、「いま私の悪口を言ったか?」と怖い顔で迫ってきました。

 

 ちょっとびびった私は卑怯なことに、思わず「言ってません、そんなこと言ってません」と誤魔化してしまいました。すると、小沢氏は「そうか、そうか」と納得した様子で笑顔となり、それどころか力を込めて「ありがとう、ありがとう」と感謝されたのです。

 

 その後、私は川から上がって小さな私鉄駅の売店で雑誌を物色しながら、さっきの出来事は一体何だったのだろうと考えていました。すると、今度は小沢氏が車で通りがかり、目ざとく私を見つけると車の窓を開けて再び「ありがとう」とわざわざ声をかけて念押ししてきました。どうしたものか。

 

 ……ただ、それだけの夢ですが妙に鮮明で、これを見た後、私は寝付きが悪くなりました。我ながら本当に小心者だなとも改めて感じました。そして、菅氏も小沢氏も夢に出てこない安眠を貪りたいと、そんなどうでもいいことを考えながら朝を迎え、きょうも一日が始まりした。

 

 本当にどうでもいい話に付き合わせてすみません。

 

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仙谷氏、菅政権の尖閣対応は「すべて正しかった」…(怒)

2012/01/22 21:28

 

 

……民主党の仙谷由人政調会長代行の本日の大阪での講演についてであります。この人は、国民に嘘をつき、情報を隠蔽し、後にロシア大統領の北方領土訪問や韓国による竹島実行支配強化策を招いた中国漁船衝突事件での菅政権の対応に関して、「すべて正しかった」とのたまっています。

 

もう何も言いたくありませんが、ここに記録して訪問者の皆さんの判断材料としたいと思います。

 

仙谷氏 もうこのごろほとんど私も週刊誌のネタにならないようでありますが、今でもですね、YOUTUBEで仙谷由人というのをみなさん方パソコンで引いてみてください。もういつのまにか私は韓国人にまでなっていて、親韓、媚中、そういうところとか、ひどいのは私が金日成と同じ軍服みたいなのを着せられて絵になってどんどん流れたりですね、もうこれはまことにこの人たちは何なのかと思うが、私はいまだに日本と中国との関係で、ああいうふうに私は官房長官のときになったことを、そのことを私が承認したこと。そして、テープを原則として一般的に公開しなかった。そして手続きがあればですね、ちゃんとした手続きと合理性が作られれば公開すると言いつのって、そのことによって大変大きな批判を受けたことになっておるわけであります。私はいまだにあの時のやり方、やったこと、すべて正しかったと思っております。

 

 あのときは大いに批判されたわけでありますが、今はそのことが何故間違っていたのか、なぜ我々を批判したのかということをちゃんと根拠に基づいて言う人はほとんどおりません。これは日中の外交関係からして間違っていた。あるいは日本の司法制度からして間違っていた。あるいは海上警察権の行使からして間違っていた。あるいは行政情報の公開のあり方として間違っていた。いずれの立場からも批判を今の時点できちっとする人はいません。先ほど申し上げた観点から、私はすべて私の方が正しかったといまだに思っておるもんですから、誰か本格的な論争を臨んでくるのがおればさあ来いと思っておるんでございますが、なかなかそういう人はいないわけでございます。(了)

 

 ……あの中国人船長の超法規的釈放発表の際に感じた心の底からの怒りと、吐き気すら伴った絶望感を思い出しそうです。「反省だけなら猿でもできる」という言葉が以前流行ましたが、やっぱり、この人たちはそれ以下か……。

 

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野田首相が菅前首相に似て見える今日この頃

2012/01/19 18:21

 

 

 政治家の言葉、特に重みを持つはずのそれについて少し記します。今年に入り、野田佳彦首相は続けざまに、消費税増税を含む社会保障と税の一体改革の実現について、

 

 「政治生命を懸ける

 

 と発言しています。随分と気合いの入った様子ではあるのですが、いつかどこかで聞いたような気がしますね。それもそのはず、このセリフは昨年1月5日、テレビ朝日の番組に出演した菅直人首相が同じ社会保障と税の一体改革に関して言った言葉でもあるのです。

 

 なんか、年明け早々の問責閣僚の更迭に伴う改造(昨年は仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相でしたね)といい、急にメディア露出を始めたことといい、なんだか菅内閣の轍をわざとなぞり踏んでいるかのようです。

 

 そして、思えば昨年1月の通常国会初の論戦となった26日の衆院代表質問では、菅氏と自民党の谷垣禎一総裁との間でこんなやりとりがありました。

 

 谷垣氏「首相は6月までに成案を得ることに『政治生命を懸ける』と明言した。なし得なかった場合は辞職する、もしくは信を問うため解散するのか」

 

 菅氏政治生命を懸けるというのは改革に向け最大限努力していきたいという覚悟を申し上げた」

 

 昨年、私はこの菅氏の努力目標というか、願望を強調したにすぎない答弁を聞いてあきれ、産経紙面に「随分軽い『政治生命』があったものだ」と書きました。で、いま、野田首相が繰り返す「政治生命」という言葉に不安を覚えた次第です。

 

 実は昨年は、2月にも今度は前原誠司外相(当時)が、北方領土返還要求全国大会でこう述べているのです。

 

 「できるだけ早く返還させるために政治生命を懸けて努力したい」

 

 …まあ、前原氏はその1カ月後には自身の不祥事で辞任しているわけですが。政治生命って、いったい何なのでしょうね。それと、もう一つ不安に思っているのが、野田首相が今月16日の民主党大会でこう述べたことです。

 

「政権交代の直後、鳩山元総理が、衆参の本会議の壇上において、命を守りたい、命を守りたいと絶叫されたことは今なお鮮烈に残っています。この言葉の重みを重くかみしめたいと思います。そして、人間の不幸の原因である、災害や疾病や犯罪や、こうしたものを一つ一つ取り除いて最小不幸社会を作っていこうと訴えた菅前総理の理念も、いまこそまさに輝きを増していると思います。こうしたお二人の先輩総理の抱えた理念をしっかり継承しながら、震災復興と原発事故との戦いに挑んで参りたいと思います」

 

 ……反面教師にしかならない二人を臆面もなく持ち上げています。二人とそのグループの取り込み、懐柔を狙ってのことだとは思いますが、国民の一人として「いけしゃあしゃあとよく言うわ」と憤りを感じます。

 

 菅氏よりは一見、「誠」がありそうでいて(誰だってアレと比べればそうなりますが)、実は内面、正体は同じようなものなのかしらん。同僚記者には、「実は野田氏と前原氏も中身は似ている」という分析をする者もあり、なるほどと頷く場面も多いのです。

 

 私は昨年8月31日付の産経紙面で「野田佳彦新首相も『一つ穴のムジナ』なのか」と疑問を呈しましたが、どうやら、それが実態だったようですね。まあ、こんな風にいろいろ好き勝手書いていると、こちらへの風当たりも強くなることもありますが、チャーチルの「ネバー・ネバー・ネバー・ネバー・ギブイン」の精神でできるだけやっていこうと思います。

 

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改めて輿石・小沢ラインはスカで菅ラインは左翼だと…

2012/01/18 11:29

 

 

 ちょっと出遅れましたが、今回の野田改造内閣への所感を記そうと思います。といっても、すでに産経紙面などで書いてあることをなぞっても仕方がないので、ごく個人的な視点というか感想を述べます。一言でいえば

 

 やっぱり、輿石東幹事長小沢一郎元代表ラインの人物を登用すると外れ、スカばっかりで全然ダメだし、菅直人前首相ラインの人物を入れると左翼ばっかりだなあということを、改めて感じた次第でした。それと、ことさら「自衛官の倅」であることを強調している野田佳彦首相は、どう考えても安全保障を軽視しているなと。

 

 野田首相が昨年9月、党内融和を最優先させて小沢氏と輿石氏に近い一川保夫氏を防衛相に、小沢氏に近い山岡賢次氏を国家公安委員長・拉致問題担当相に据えたのが大失敗であったことは、その後の問責決議成立をみるまでもなく明らかでしょう。

 

また、民主党内ですら「極左」と呼ばれていた菅グループの平岡秀夫氏を法相に抜擢したものの、平岡氏の個人的心情から死刑執行にサインせず、今回、更迭したのをみても、何をやっているのかという印象です。平岡氏は菅氏が閣内に押し込んだと言われていますね。

 

 で、今回の改造で野田首相はまたしても輿石・小沢ラインの田中直紀氏を防衛相に持ってきたわけです。参院外交防衛委員長を一応務めたといえ、またしても素人に日本の国防の舵取りを任せようとしているわけです。中国北朝鮮ロシアと周辺諸国の脅威が増している中で、どういうセンスをしているのだか。

 

 案の定、田中氏は就任早々、長年国会議員をやってきていながら、安全保障のイロハのイも学んでいないことが白日の下にさらされました。自民党石破茂政調会長が防衛官僚らに「(お守りをする)皆さんもご苦労なことだね」と嫌みを込めて言っていましたが、野田首相は増税しか目に入っていないのかもしれません。これでは米軍普天間飛行場移設問題をめぐり、沖縄県側も米国もバカにしたようなものです。

 

 さらに、平岡氏の後任の法相が、また菅グループの小川敏夫氏であるわけです。この人は、永住外国人への地方参政権付与に熱心なことで知られ、人権擁護法案についても当然、推進派ですが、それだけではなく、慰安婦問題でも立派な謝罪派なわけです。韓国とこの問題が火だねになっており、かつ野田内閣がその定見のなさから劣勢に立たされているときにこういう人物を登用するのが野田首相ということです。というか、民主党にはこんな人材しかいないのか。

 

小川氏は平成19年3月5日の参院予算委員会で、慰安婦問題について当時の安倍晋三首相にこんな質問を投げつけ、安倍氏に反論されたことがあります。全く、千葉景子氏もそうでしたし、仙谷由人氏も似たようなものですが、左翼ばかりが親分となるのでは、法務官僚も法務行政も歪もうというものです。

 

小川氏「こうした人権侵害についてきちんとした謝罪なり、対応しないということの人権感覚、あるいは過去に日本が起こした戦争についての反省がまだまだ足らないのではないか」

 

安倍氏「私は全くそうは思いません。小川議員とは全く私は立場が違うんだろうと思います。戦後六十年、日本は自由と民主主義、基本的な人権を守って歩んでまいりました。そのことは国際社会から高く私は評価されているところであろうと、このように思います。これからもその姿勢は変わることはないということを私はもう今まで繰り返し述べてきたところです。小川委員は殊更そういう日本の歩みをおとしめようとしているんではないかと、このようにも感じるわけです」

 

 ……最近、同僚記者たちと意見が一致するのは、野田首相は党内事情についてはいろいろ考え、計算しているけれど、結局、党内しか見ていないのではないかということです。国対委員長経験者の割に野党にも人脈がないし、外部の学者や経済界にもブレーンはいないし、財務官僚以外の官僚とのつながりも薄そうだし、民主党だけなのか、この人はと。

 

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連合・山岸元会長の悲嘆と小沢氏裁判と

2012/01/12 21:16

 

 

 さて、昨日の夕刊フジで政治評論家、鈴木棟一氏のコラムに興味深い内容が記されていたので紹介します。それによると、民主党最大の支持団体である連合の会長を長く務めた山岸章氏から、

 

 「もう民主党には愛想が尽きた。出直しが必要です」

 

 と書かれた賀状が届いたとのことでした。で、鈴木氏が10日に改めて聞いたところ、山岸氏はこう述べたと書かれています。

 

 「最も極端な見方をすれば、自民政権と民主政権のどこが違うのか分からない。ただし、よく考えると一つだけ分かったことがある。それは、自民党政権より悪くなった、ということだな」

 

 「原発対応、経済政策、尖閣、普天間など外交防衛で方向音痴になっている。震災対応もまだ、ほとんど進んでいない。なんですか、あの野田の収束宣言は。本当に野田は収束したと思っているのか。野田はもう一度小学校から行き直して収束の意味を勉強すべきだ」

 

 ……これを読みつつ、そういえば民主党は、長年の財界の応援団だった某京セラ会長からも愛想を尽かされていたな、と思い出した次第でした。と同時に、この山岸氏が平成19年に、産経新聞のインタビューで細川護煕政権についてこう語っていたことも連想しました。

 

 「細川政権が発足して首相官邸が自分のものになった気がしたよ。天下をとった気分だね。ところが、44年間の組合活動で味わったことのない高揚感が、政権発足後わずか一ヶ月で失望に変わった」

 

 まあ、連合が細川政権や民主党政権誕生の牽引役となったわけですから、これまた「お前が言うな」の世界ですが、つまるところこれが実感なのでしょうね。橋下徹大阪市長ではありませんが、今の時代の労組の政治活動って……と、あれこれ考え込んでしまいそうになります。

 

 で、ここで牽強付会かつ我田引水的に話は飛ぶのですが、10、11日と続いて細川政権と民主党政権成立の立役者である小沢一郎氏の被告人質問が行われましたね。これについては、新聞各紙がさまざまな角度から報じているし、小沢氏については過去、私もいろいろ書いてきたのでやめようかとも思ったのですが、どうしても一つ触れておきたいのでここに記します。

 

 私が引っかかったのはまず、小沢氏が、自身が代表を務める資金管理団体、陸山会の政治資金収支報告書について、これまでも自身の公判が始まった後も「見たことも、内容について報告を受けたこともない」と言い切ったことです。

 

 あるいは法廷戦術であるのかもしれませんが、これは小沢氏のこれまでの主張に照らすと許し難い言いぐさです。小沢氏はこれまで、

 

 「私の政治資金の処理においては、使途不明の資金や他の経費の付け替えなど不正や虚偽記載は一切ない」(平成19年1月23日付産経)

 

 「大事なのはディスクロージャー、オープンにすること。違法行為は司法が取り締まる。妥当性はオープンにすることで、税金を納めた国民、献金した国民が判断する。オープンにされていなければ国民は、判断のしようがない」(同年2月28日付毎日)

 

 などと繰り返し強調し、自身の政治資金収支報告は国会議員の誰よりも透明だと主張してきました。これを真に受けた小沢氏シンパのジャーナリストなどは、自分で調べもせずに、小沢氏は誰よりも情報公開をしているなどど書いていましたが、なんのことはない、小沢氏自身が自分の収支報告書のチェックも何もしていないというわけです。なんとばかばかしい。

 

 鳩山由紀夫元首相は幹事長時代の平成21年3月に、小沢氏の政治資金について

 

 「小沢代表はすべての政治資金の収支、入りと出を1円単位まで、非常に厳密にオープンにされている。まさに政治家の鑑のような存在で、ディスクロージャーを旨として行動されている政治家代表だ」

 

 と臆面もなく持ち上げ、後にフジテレビ番組で、実は小沢氏の政治資金収支報告書を見たことはないと「告白」していましたが、結局、東京地裁での証言が事実ならば小沢氏も鳩山氏と同じレベルでものを言っていたということになります。ああ、くだらない。自身の収支報告書も確かめないで無謬を誇り、無罪を主張してきた?……はいはい、何とでもおっしゃい。

 

 ちなみに、小沢氏は平成21年3月の党代議士会で、近藤洋介氏から

 

 「素性のなかなか分かりにくい団体から、なぜ長期間にわたって数千万円を超える献金をもらい続けたのか」

 

 と聞かれた際、文書で次のように答えました。

 

 「収支報告書に正確に漏らさず記載させていただいております。収支報告書は総務省のホームページでご覧いただけますので見ていただければと存じます」

 

 ……収支報告書をいくら見たって、「なぜ」という問いに対する答えなど見つかりません。この肝心の収支報告書を小沢氏は見たこともないと胸を張るわけですが、この人を小馬鹿にしたようなやり方こそが、小沢ディスクロージャーの正体であり、その実、有権者にも所属議員にも何も本当のことを公開しようなどとしていません。

 

 それと今回の被告人質問では、やはり、どう考えても不必要な秘書寮とやらに購入する金に充てた原資4億円に関する説明の二転三転も情けないし、みっともないですね。小沢氏は

 

 「献金してくれた皆様のお金」(19年2月)→「自分が銀行から借りたカネ」(21年10月)→「東京・湯島の自宅売却代金や家族名義で銀行に預けていたカネ、事務所の金庫にあるカネ」(22年1月)→「私のカネ」(23年10月)→「両親から相続した湯島の自宅など不動産の売却代金や現金、著作の印税、議員報酬などもろもろ」……と説明を変えてきました。

 

 でも、昭和58年1月には産経新聞のインタビューに、こんなことを述べているわけです。

 

 「最も人間的に好きなのが西郷隆盛である。(中略)『子孫のために美田を残さず』との言葉も味わい深い。私の亡父(佐重喜元建設相)も票田こそ残してくれたが、遺産はなかった

 

 これでは西郷南洲翁も泉下で泣こうというものです。まあある意味、小沢氏は南洲翁が言ったのとは異なる点で「始末に困る人」ではありますが。さて、野田佳彦首相は明日の内閣改造で、どんな人事をするのでしょうね

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短信・世の中は「分からない」ということ

2012/01/10 08:51

 

 

 今朝、いつものようにインターネットでMSN産経ニュースをはじめとする各種のニュースと、それぞれの記事に対するツイッターの評価などをざっと読んでいて、毎度のことながら途方に暮れた気分になりました。なので、ちょっと前回のエントリの延長のようなことを書いてみます。

 

 例によって、「産経だから割り引いて」だとか「記者の揣摩憶測に過ぎない」だとか、まあいろいろと批判が書き込まれていました。私も、これまでメディアの報道のあり方を随分、批判してきましたし、今もおかしいことだらけであることは認めます。

 

 ただ、この際、一つ記しておきたいと考えたのは、もともと世の中の森羅万象、すべてもともと「分からない」ものであるということです。単純に見える日常の一つの事象ですら、突き詰めていくとどんどん混沌の深みに入り、結局、何がなにやらわけが分からなくなることが普通です。

 

 多くの人は、それを日常の実感として知っているはずです。

 

 人と人はもともとわかり合えず、同じ色や形を見てもそれぞれ受け止め方も違うし、そもそも同じものだと認識しているかどうかも分からない……のが出発点であり、原点であると思います。

 

 その中で、何とか共通の土台や理解事項を築いて社会を成り立たせてきたのが文化であり、言葉であり、場合によっては共同幻想のようなものなのだろうと思っています。現実とは、どれほど日常的なものであろうとあやふやで、実態に迫ろうとすればするほど正体不明になるものでしょう。

 

 そして、報道というものも、日常に次々と起きる出来事の断面を切り取って「こういうことがありました」と知らせているに過ぎません。

 

 もともと世の中も、出来事も「わけが分からない」ものなのに、報道機関だけがその全体を把握して、印象を操作して、政治的意図をもっていちいち報じる能力などあるはずがありません。また、全体像をあますところなく説明し、かつ的確に伝える能力など、神ならぬ身どころか、ただの社会不適応者の多い記者に、望むのは無理だというものではないでしょうか。

 

 もちろん、冒頭に述べたように歴然と偏向記事もありますし、慰安婦問題にみられるように、捏造と言うのが一番ぴったりくる記事もあります。それは事実ですし、私も批判してきました。

 

 ただ、ありとあらゆる記事に意図や作為や印象操作を計算して取り入れるほど、報道機関は能力が高くもないし、世の中の仕組みを理解しているわけでもありません。普通は機械的に、「こういうことがあった。じゃあとりあえず報じておこう」という反応して紙面やネットに載せるものです。

 

 それは紙面は、有料で購読してもらっているものですから、限られた分量の中でできるだけわかりやすく説明したいと心懸けはしますが、それとて結局、「分かる人にはある程度分かってもらえる」を目指すしかありません。書き手側の理解だって当然、限界もありますし、そもそも、完璧に「分かる」なんてこと自体、ありえないものだと考えます。

 

 分からないなりに、暗中模索して、一部分かったように思えたことを、さらに何とか理解しやすいような文章にまとめて伝えようと努力することしか、できません。

 

 そんなものに価値はない。ましてカネを払ってまで購読する意味はないと判断されるなら、それもまた仕方ないことだろうと思っています。身も蓋もない書きようかもしれませんが、メディアはどんどん批判されるべきものだとしても、それにあまり多くを求めても無理だろうと率直に思います。

 

 もちろん、よりマシなものにしたいとは常に考えているし、そのための努力も続けます。でも、だからといって、急にそんなにレベルが上がるはずもないし、そもそも「理解」の壁は生やさしいものではありません。そんな程度であったとしても、報道はないよりはあった方がいいと、私はそう思うのですが……。

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短信・いわき市のささやかな復旧について

2012/01/08 10:15

 

 

 連休を利用して福島県いわき市の親族を訪ねました。昨年のゴールデンウィークと10月に来た際には、家の真ん前の車道も以下のように地震で崩れた平城の石垣がそのまま放置され、道をふさいだままでしたが、

 

    

   

  昨年12月にようやく、以下の通り、石垣の下部まで修復が進んだとのことでした。道も通れるようになっています。 これでようやく遠回りをする必要がなくなりました。

 

   

 

 少しずつ町並みや施設が復旧したところで、戻らぬ人は戻らないし、時計の針を巻き戻すことはできませんが、いわき市では今、周辺市町村からの避難者や、原発関連作業員らが外部から入ってきたことで、飲食店などはミニバブル状態にあるとも聞きました。

 

 人も世もうつろい変化しながら、しかしその営みを寸時も止めることなく続け、今に至るのだという当たり前のことを改めて思いました。で、昨夜、親族の一人は行政に不信感を込めこう語りました。

 

 「低放射線量は本当のところ人体にどういう影響があるのか、本当に悪いのかそうでないのかは分からない。ただ、行政は出せる情報のすべてを出そうとしないのは確かだ。いずれにしろ、我々は実験台にされているのだと思う」

 

 これが的を射た言葉であるかどうかの当否はともかく、ここに暮らす人たちの中に、そういう思いがあるのは事実だということですね。自身も「情報」を扱う身として、いろいろ考えさせられます。不確かな話、怪しげなネタ元、政治的・思想的に意図を感じる情報……などを、そのまま流していいのか。

 

 急を要する極限状況に限らず、平時ですら「裏をとる」という作業はそんなに簡単なものではありません。当事者も目撃者も嘘をつくことも勘違いしていることもよくあります。あるいは、自分に都合のいい部分だけを正確に話すということも。

 

 それを、複数の話を付き合わせながら、「確からしさ」を慮って取捨選択する我々の側も、また、間違うことも早とちりすることも残念ながら珍しくありません。「正しい情報」というものは、実は口で言うほど生やさしく手にできるものでも、伝えられるものでもないと実感しています。

 

 結局、読者の側に、われわれが発信する情報を含めて複数の情報、視点、見方を総合して判断するメディア・リテラシーを期待するしかない部分もあるのですが、それは無責任だと指摘されるかもしれません。ただ、個人は当然として組織としても、いつも瞬時に正解にたどり着くことなど、どんな報道機関だろうとできることではありません。

 

 それでも、そのときどきに現時点では「これが事実関係に最も近いはずだ」と判断したものを、とりあえず提供し、後にもっと事実に近いことが分かればそう修正して伝え続けるしかありません。以前も書きましたが、事実とは、いわば複雑な形をした多面体であり、報道が伝えられることは、暗闇の中で事実のある断面にスポットライトを当てる程度のことでしかありません。

 

 ……短信のはずが、少し長くなってしまいました。おまけに、常磐高速道の守谷パーキングのレストランにある私のお気に入りの定食「ミックスグリル」(1200円、ライスおかわり無料)を紹介します。

 

   

 

 牛、豚、鶏のステーキというシンプルな取り合わせですが、以外とこの一番嬉しい、多幸感の味わえる組み合わせがよそでは見当たりません。なので、このパーキングで降りてこの定食を食べるのが最近の楽しみです。本当に肉は、いいなあ。

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