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靖国問題でマスコミにだまされてはいけない

2006/07/07 13:38

 


  きょう、知人から「TBSの誤報と訂正の件を知っているか」と問い合わせがありました。なんとなく聞いたような覚えはあったのですが、このところ北朝鮮によるミサイル連射の方に意識がとられていたせいか、はっきりしません。で、少し調べてみると、靖国問題でやらかしてくれていたようですね。

 

 6月29日のTBS「NEWS23」は、米国・下院のハイド外交委員長の発言について、次のような字幕をつけました。

 

 「私は日本の首相が靖国神社に行くべきではないと強く思っている」

 

 なるほど、中国韓国だけではなくて米国にも強硬な反対論があるということが言いたいわけですね。ハイドさんの主張については、朝日新聞なんかも鬼の首をとったように報じていますもんね。「参拝に何の問題もない」とする多くの米識者の言葉は、あまり取り上げないくせに。

 

 ところが、この字幕が誤訳というか、かなり無理のある歪曲気味の訳だったことが分かりました。詳しい経緯は知りませんが、番組を見た英語の分かる視聴者が気づき、インターネット上で情報が駆け巡ったのでしょう。

 

 そして、北のミサイルが発射された当日の7月5日の「NEWS23」で、アナウンサーは「翻訳の字幕表示に一部正確さを欠く表現がありました」として、ハイドさんの言葉を次のように訂正しました。

 

 「私は日本の首相が靖国神社に行くべきではないと強く感じているわけではありません」

 

 ‥全然、意味が違います。180度とは言わずとも、90度ぐらいニュアンスが異なる。そんなに翻訳が難しいような誤解されやすい言い回しでもないだろうに。

 

 TBSといえば、3年前には「サンデーモーニング」が石原慎太郎都知事の「日韓合併の歴史を100パーセント正当化するつもりはない」という発言に、「100パーセント正当化するつもりだ」という間違った字幕をかぶせ、つい最近謝罪して和解したばかりではありませんか。

 

 歴史認識問題という微妙な問題について、こうもある一定方向に視聴者を誘導しようとするような誤報が続くと、たとえ本当に偶然であっても、何らかの意図を疑われても仕方ないだろうと思います。

 

 あるいは、靖国参拝を批判する自らの立場を正義だと思い込みすぎて、「動機は正しいのだから」と一つひとつの発言の細かい検証や確認作業を怠ったのでは、とも考えたくなります。他社のことですから分かりませんが。

 

 

 特に、靖国問題については近年、必ずしも誤報とまではいえなくても、日中間のいざこざはすべて靖国参拝に原因があるような無茶な報道が相次いでいます。諸悪の根源は靖国神社にあるかのような、単純かつ歪んだ解釈がまかり通っているのです。

 

 たとえば、昨年春に中国で反日デモの嵐が吹き荒れた際、日本のマスコミの多くは、デモの原因がまるで首相の靖国参拝にあるかのようなキャンペーンを張りました。

 

 しかし、このときは首相はすでに1年3、4ヶ月も靖国参拝をしていませんでした。先日、デモを体験した前上海総領事の杉本信行氏にインタビューをした際に、この点について意見を求めたところ、杉本氏はこう明確に指摘しました。

 

 「あの官製デモの直接の引き金は台湾問題。台湾海峡有事における日米協力体制の進展を妨げるため日米離反を狙ったもので、そのためにデモで日本の常任理事国入り反対が叫ばれた。あのときは首相は靖国に行っていないので、靖国に中国が反応する理由がない」

 

 確かに、靖国問題は日中間で大きな政治問題になっていますが、小泉首相自身が繰り返し訴えているように、日中間の問題はそれだけではありません。杉本氏はインタビューで、靖国に行かなければ問題はすべて解決するという中国側や一部マスコミの言い分を、即座に否定していました。

 

 これは当たり前の話で、靖国問題が仮に解決しても、日中間の歴史問題はそっくり残ります。むしろ、靖国で日本側が持ちこたえているからこそ、他の問題に中国の目が向かないという見方もできるはずです。

 

 しかし、日本の多くのメディアはこのところ、靖国神社に集中砲火を浴びせ、首相を批判することでこと足れり、といった安易な構えです。この単細胞ぶりはどうにかならないものかと、同じくメディアの片隅に身を置く者として、焦燥を覚える日々です。

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杓子定規な人たち

2006/07/06 12:55

 


   きょうは議員会館をうろうろしていて、ちょっと面白い話を聞きました。世の中には真面目というか、融通がきかない人が多いんだなあ、というエピソードです。こういうのは美点なのか短所なのか。

 

  去年の夏ごろのこと、現在では自民党総裁候補の一人となったある有力政治家が、近所のビデオ屋がつぶれたので、自分でレンタルビデオ・CD大手のT屋に会員証をつくりに行ったそうです。

 

  この政治家がT屋のカウンターで本人確認のため免許証を提示したところ、「現住所と免許証にある住所が違う」と会員証の発行を断られたそうです。そりゃ政治家は自分の選挙区に住民票を置いて、東京で活動しているのがふつうだから、こんなケースもありえるんでしょうが、これくらい有名で社会的地位のある人でもやっぱりダメなんですねぇ。

 

 まあ、アルバイト店員なら顔も名前も知らないということもあるかもしれないし、末端の店員に自由裁量はなく、マニュアル通りにするしかないのかもしれませんが、この話を聞いてちょっと驚きました。ちなみもにこの政治家は、「それならいいよ」とその場で会員になるのは諦めたとか。

 

 政治家がみな、権力をかさにきて威張り散らしているわけではありません。だけど、この話には後日談があります。

 

  それからしばらくして、この政治家がたまたまT屋の社長と会食する機会があり、「そういえば先日、こういうことがありました」と何気なく話したら、社長は真っ青になり、別に要求したわけでもないのに、翌日には社長秘書が会員証を届けにきたそうです。

 

 こんなこともあったそうです。福田赳夫氏が首相時代、議員バッヂをつけるのを忘れたところ、国会の衛視に制止され、本会議場に入れなかったというのです。このときは、周りにいた政治家からバッヂを借りてことなきをえたそうですが、仮にも一国の首相ですよ!

 

  ベテラン秘書によると、「バッヂは売っているし、2、3個持っている政治家は珍しくない。飲み屋の女の子にあげたりもする」とのこと。だれもが認識できる首相の顔より、簡単に手に入るバッヂの方が重要なのかと思うと不思議ですが、衛視にしてみれば、規則通りに振舞っただけということでしょうか。

 

 そういえば以前、宮内庁長官(当時)が一人で黙って皇居に入ろうとしたら、長官の顔を覚えていなかった皇宮警察職員に制止され、「オレの顔も知らんのか」と怒ったことがあったと聞いたこともあります。

 

  ルール遵守はもちろん大切ですが、あまりマニュアル通りに動くのもいかがなものかと考え込んだ次第であります。

 

 

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北朝鮮と日本国民を甘く見た人たち

2006/07/05 19:25

 


 今回の北朝鮮によるミサイル連射でばたばたしながら、つくづくと日本と北朝鮮は大きくボタンを掛け違えたな、互いに見当外れの期待をかけたゆえに裏切られたのだなと考えています。

 

 小泉首相が四年前の九月に初訪朝して以来の日朝関係は、まさに疾風怒濤の感があります。金正日総書記が拉致を認め、拉致被害者の一部が帰国したのは不十分ながら一歩前進でしょう。また、その結果、今まで知っている人は知っているけど、ふつうの人の目には隠されていた北朝鮮の実態が白日の下にさらされました。このことの意義は非常に大きいと思います。

 

 その意味で、首相として初訪朝を果たした小泉さんをある程度は評価していますが、高くは評価できない複雑な気分が残ります。なぜなら、小泉さんが北朝鮮がどういう国であるかという理解があって訪朝したのだとは、とても思えないからです。

 

 小泉さんだけでなく、一緒に極秘裏に訪朝計画を進めた当時の福田康夫官房長官、古川貞二郎官房副長官、田中均外務省アジア大洋州局長も同じです。

 初訪朝直前、ある政府高官は「小泉さんは拉致の『ら』の字もわかっていない」と漏らしましたが、みんな北朝鮮を甘くみて、拉致被害者家族の結束を甘くみて、さらには国民の反応を甘くみていたのではないでしょうか。

 

 彼らは、自分たちが目指す日朝国交正常化という目的が、本当のところどういう事態を招くのかに対する想像力が足りないまま、ゴールへ突き進んだようです。

 そして、日本からの1兆円以上といわれた支援が喉から手が出るほどほしかった北朝鮮側も、飛びついたというわけでしょう。双方の利害は一致していたのかもしれませんが、ちょっと身勝手すぎたのだと思います。

 

 北朝鮮に厳しい、逆にいえばそれだけ北朝鮮に詳しい安倍副長官を徹底的に外し、蚊帳の外において話を進めたのも、失敗の大きな原因だったはずです。

 

 初訪朝直前の9月13日、古川副長官は間近に迫った日朝首脳会談について、記者会見で次のような本音を漏らしていました。

 

 「拉致問題で何人が帰ってくるこないということではない。そういうことがあればハッピーだが、それよりまず国交正常化に対する扉を開くことに大きな意義がある」

 

 目的はあくまで国交正常化で、拉致事件など眼中にないというわけです。こういう人たちとだけ交渉していたら、北朝鮮の方も「拉致などたいした問題ではない。日本とは早期に国交正常化が可能で、お金が入る」と信じてしまいますよね。

 

 それが、ふたを開けたら拉致に憤る日本国民の声が沸騰し、正常化の話はなかなか進まないのですから、北朝鮮にしてみればだまされたと感じたかもしれません。

 また、極端な秘密外交を貫き、事前に米国にもほとんど相談しなかったため、北朝鮮の核開発に目を光らせていた米国の反発も招きました。米国は、この核情報を、小泉首相と総裁選を争った橋本元首相に先に伝えたのだから、露骨なものでした。

 

 初訪朝を終えて帰国した小泉首相は、国民の絶賛を浴びるつもりのあてが外れ、元気がありませんでした。表情もうつろで、訪朝数日後、官邸を訪れたある政治家は、いきなり首相に「どうしてみんなオレをほめないんだ。ほめるのは共産党と社民党だけじゃないか!」と怒鳴られたと言っていました。

 

 また、田中均氏をよく知る防衛庁幹部は「均ちゃんは、北朝鮮を知らない。防衛庁は一切相談を受けなかったが、均ちゃんは甘くみている。うまくいきっこない」と話していました。

 

 一方、北朝鮮側は、正常化の動きが遅々としているのにじれて、この年の11月にはもう日朝平壌宣言でうたったミサイル発射の凍結解除をほのめかし出しました。

 

 小泉首相は11月5日、カンボジア・プノンペンでの記者会見で「平壌宣言の原則、精神を踏みにじるようなことを、北朝鮮もしないと思っている」と述べましたが、その後の結末はご存知の通りです。

 

 国民の支持を受けない外交はもろい、と言います。でもあのとき「彼らは、英雄になって帰ってくるつもりだった」(外務省筋)のですから、当然、何も分からない国民は自分たちの狙い通りに支持してくれると思っていたようです。

 

 政治は結果がすべてですから、小泉訪朝が成果を残したことは認めなければなりません。政府・与党は今も゜こちらから平壌宣言を破棄するメリットはない」との考えのようです。

 ですが、はじめから空証文だった平壌宣言にすがり、現実から目をそらし続けるのはそろそろやめた方がすっきりしていいと思います。もうどうせ国交正常化なんてありっこないんだし。

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首脳会談での中国の無礼な振る舞い

2006/07/04 10:34

 


  民主党小沢一郎代表がきょう、中国胡錦濤国家主席と会談するようです。ですが、正直なところ、あまり関心がありません。菅直人代表代行、鳩山由紀夫幹事長、輿石東参院議員会長と党の最高幹部も同行しているとのこと。

   宗主国のご機嫌をうかがう朝貢外交を繰り広げることによって、まだまだ親中勢力が根強い日本国内を揺さぶり、政局に利用しようというのが見え見えですね。

 

 そして、日本政府を代表する首相に対しては一方的に「会わない」と宣言し、野党第一党の幹部を大歓迎してみせる中国のやり方よ!国際政治なんて所詮、こんなレベルなんでしょうか。

 

 今から4年前の10月、小泉首相がメキシコ・ロスカボスで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)に参加するのに、同行記者の一人として付いて行ったときのことです。首相は当時の江沢民国家主席と約45分間の首脳会談を行いましたが、それはひどい内容だったようです。

 

 会談後、複数の会談陪席者から様子を聞いたのですが、江沢民は45分間の大部分を靖国参拝批判に当て、3度かそれ以上にわたって執拗に首相を批判したそうです。

 

 それに対し、首相は繰り返し「(A級戦犯ら)特定の方をお参りするのではなく、心ならずも戦地で倒れた方々や、やむをえずに戦場に行かれた方に哀悼の意を表明し、二度と戦争をしてはならないという決意で参拝しました」と説明しましたが、江沢民は知らん顔、馬耳東風。

 

 しまいには、江沢民は首相と向き合わず、自分の随行員たちの方を向いて、一方的に靖国参拝批判をまくしたてたといいます。首相は首相で、仕方がないのでこっちを向かない江沢民に対して説明を続けていたそうです。

 

 日本のマスコミはよく、「首脳会談が大事だ」「首脳会談もできないなんて」と書きますが、中国の首脳と会って話したって、これでは話にもなりません。私は小泉さんのことを特に好きなわけではありませんが、日本国の首相に対してこんなバカにしきった態度で接されると腹が立ちます。前向きな会談ならば得るものもあるでしょうが‥。

 

 また、2年前の11月にラオス・ビエンチャンで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の場での小泉首相と中国の温家宝首相との首脳会談もひどかったと聞きます。

 

 このときは私は同行していませんが、後に外務省筋から聞いた話です。小泉首相が友好ムードをつくろうと、かつて自分が福田赳夫、森喜朗扇千景の3氏の付き添いで中国を訪問した話をし、「二人は首相に、一人は参院議長になった」エピソードを紹介したそうです。

 

 これに対し、温首相は「今の話を私は忍耐をもって聞いた」といかにもくだらない話はするなといわんばかりに言い返し、続けて「さきの戦争で中国人が何人死んだか知っているのか」と言って、またぞろ靖国参拝批判を繰り返したそうです。

 

 ふつう、首脳会談は両国の事務方が議題や落としどころを綿密に打ち合わせし、そのうえで首脳同士のアドリブと決断も交えるものでしょう。しかし、中国のこのやり方はまるで恫喝です。ですから、小泉首相が徐々に中国に対する不信感を募らせていったのも当然だと思います。

 

 首相は、当初は公約していた8月15日の参拝日を13日にずらし、翌年は4月、次は1月とどんどん変えていきました。これは、中国に対する譲歩以外の何物でもありません。その譲歩に対し、中国は歩み寄りで応えたでしょうか。

 

 応えはノーでした。首相の善意の譲歩を政権基盤の弱さ、付け入る隙としか受け取らなかったようです。なぜなら、当初は靖国に参拝しても首脳会談には応じていたのに、ここしばらくは会おうともしません。

 

 一国の首相が、自国の戦没兵士らを追悼することを外交問題にし、それを理由に首脳会談すらしないというのは、これは極めて異様な姿ではないでしょうか。私は、別に中国首脳と会わなくたって全然、かまわないと思う者ですが、あえて声を大にして指摘したいと思います。

 

 とことん無礼かつヘンなのは、どう考えても中国の方です!!

 

 日中間の摩擦が増えているのは中国がそれだけ世界・アジアで大きな存在となってきたからで、別に小泉首相のせいだとは思いません。むしろ、中国はリベラルで決して保守派ではない小泉さんをここまでいじめたことで、しっぺ返しをくらうことになりそうな気がします。

 

 次の首相候補の本命である安倍晋三官房長官は、表面上はどうあれ、小泉さんよりずっと確信的な保守派なのですから。

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上田知事発言と、つかこうへいさんの言葉

2006/07/03 11:11

 

 埼玉県の上田清司知事は先月の県議会で、県平和資料館の展示に関連して「慰安婦はいても、従軍慰安婦はいない。こういう間違った記述は修正しなければならない」と当たり前のことを述べました。

 

 これ自体、ごく常識的で特に取り上げる必要もないような話なのですが、かつてなら社民党の土井たか子氏あたりに「日本の過去を美化し、戦争を肯定する極悪右翼」とレッテルを張られて、上田知事は大変な目に遭ったでしょう。

 

 今回も、世間の反応はどうだろうかと見守っていたのですが、中央紙ではどうも一部の左翼・リベラル系の新聞がちょっと取り上げていた程度のようですね(私の気づかないところで激しく攻撃されていたらごめんなさい)。それだけ世の中が、左派勢力の煽動に惑わされないぐらい落ち着いてきたということでしょうか。

 

 そもそも「従軍慰安婦」という言葉が、戦後に作家によってつくられた造語であることが知れ渡ったこともあるのかもしれませんね。慰安婦に「従軍」という言葉をかぶせるだけでおどろおどろしくなるのだから、作家の感性というのはたいしたものです。

 

 さて、このニュースに接して、9年前に直木賞作家で在日2世でもあるつかこうへいさんにインタビューしたときのことを思い出しました。つかさんは、「娘に語る祖国 満州駅伝-従軍慰安婦編」の執筆にあたって元兵士や慰安所関係者らに取材し、勉強するとともに慰安婦問題に対する見方が変わったことを率直に話してくれました。

 

 「ぼくは『従軍』という言葉から、鎖につながれて殴られたり蹴られたりして犯される奴隷的な存在と思っていたけど、実態は違った。将校に恋をしてお金を貢いだり、休日に一緒に映画や喫茶店に行ったりという人間的付き合いもあった。不勉強だったが、僕はマスコミで独り歩きしているイメージに洗脳されていた」

 

 「悲惨さを調べようと思っていたら、思惑が外れてバツが悪かったが、慰安婦と日本兵の恋はもちろん、心中もあった。僕は『従軍慰安婦』という言葉が戦後に作られたことや、慰安婦の主流が日本人だったことも知らなかった。彼女たちの境遇は必ずしも悲惨ではなかったことが分かった」

 

 「日本はよくないことをしたし、中には悪い兵隊もいただろう。でも、常識的に考えて、いくら戦中でも、慰安婦を殴ったり蹴ったりしながら引き連れていくようなやり方では、軍隊は機能しない。大東亜共栄圏をつくろうとしていたのだから、業者と通じてはいても、自分で住民から一番嫌われる行為である〝あこぎな〟強制連行はしていないと思う。マスコミの多くは強制連行にしたがっているようだけど」

 

 つかさんは言葉を選びながら丁寧に、でもしっかりとした口調でこんなふうに語ってくれました。このとき、つかさんは私が持参した「娘に語る祖国」とその続編である「満州駅伝-従軍慰安婦編」にサインしてくれました。その本は今も大事にとってあります(記者の役得)。

 

 つかさんは、最後にこう語りました。

 

 「人間の業というか、こういう難しい問題は、自分の娘に語るようなやさしい口調で、一つひとつ説いていかなければ伝えられない。人は、人をうらむために生まれてきたのではない。歴史は優しい穏やかな目で見るべきではないか」

 

 けだし名言だと思うのですが。

 

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中国はBC級戦犯カードを温存している

2006/07/02 17:26

 

 最近、有力政治家の口から、靖国神社の「A級戦犯分祀論」がたびたび飛び出し、心底げんなりしています。あまりにナイーブというか、甘いというか。

 

 確かに、中国は現在、いわゆるA級戦犯だけをターゲットにしているように見えます。というか、そう振舞っています。王毅駐日大使も、日本の政治家と会談する際には、BC級戦犯は問題にしていないようなことを言っているようです。しかし、それを本当に信じていいのでしょうか。

 

 過去、中国の官製紙は繰り返し、「靖国には、A級戦犯を含む1000人以上の戦犯が祀られている」と書いているのです。つまり、当面はA級戦犯のことしか取り上げなくても、新たな必要なり状況なりが生じたら、今度はBC級戦犯をカードにするということです。カードは多い方がいい。何も一度に切る必要はないですから。

 

 こんなことは子供でもわかることなのに、海千山千であるはずの有力政治家や一部大マスコミのトップなどが、中国のいいなりにA級戦犯分祀を迫るなんて。第一、靖国さんの方が「宗教上、分祀はできない」と明確にしているのにどういうつもりなのか。

 

 「A級戦犯は戦死者じゃないから祀るのがおかしい」という政治家も少なくありませんが、それじゃあ世界各地で処刑された1000人以上のBC級戦犯も分祀しろというのか。その覚悟があってものを言っているのか、浅知恵を口に出しているだけなのか。1000人もの人命であがなえないような罪とは何なのか。

 

 戦後50周年の平成7年に、のべ100人ぐらいの戦没者遺族らから話を聞きました。その際、とりわけ心に残ったのが、BC級戦犯とされた人のご遺族や、戦友のお話でした。

 

 自身も身に覚えのないことで巣鴨拘置所で10年もの歳月を過ごしたFさんは、拘置所内で約800人の入所者の体験談を集めていました。Fさんによると、「処刑された人の3分の1は明らかに冤罪だ」ということです。

 

 香港で刑死したNさんの手記は、涙なくしては読めませんでした。Nさんは遺書に、次のように記しています。

 

 「今刑死するは人類最大の破廉恥を犯した如く田舎の御両親を初め思はれるかも知れませんが、私はふ仰天地に恥ぢるが如き行為は絶対に有りませんから信じて御安心下さい」

 

 獄中で友人に託した手記にはこう書いてあります。

 

 「(起訴状を見て)良くこれ程嘘を作りあげたものだと、感心せざるを得ない」

 「毎回証人の無き予実(ママ)を捏造せる偽証の陳述を聞いていて終には出たらめを云うなといいたくなって来た」

 「全然自分等の知らぬ、見たこともなき者を証人として喚問してくるやりかたの浅ましき事」

 

 また、こんな短い遺書を残した人もいます。

 

 「力は主人公にして正義は召使人なり」

 

 もちろん、みながみな無罪だとか冤罪だとかいうつもりはありません。しかし、敗戦の責めを負わされて処刑された人々と、戦犯遺族として戦後、肩身の狭い思いをしながら暮らしてきたご遺族のことを思うと、政治家もメディアもあまりに軽軽しく「戦犯」という言葉を使っているように感じます。死者がもう口をきかないことをいいことに、もてあそんでいるような気すらします。

 

 「靖国で会おう」といって露と消えた死者との約束は、決して破ってはならない重みがあると思うのです。魂のやどらない単なるモニュメントなんていくら建てたって、税金の無駄遣いでしょうに。

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故橋本元首相が皇室典範有識者会議に言ったこと

2006/07/01 17:19

 

 橋本龍太郎元首相が死去しました。生前、特に思い入れがあったわけではありませんし、中国女性とのハニートラップの問題などもありましたが、心から、ご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 橋本氏に対しては、14年ぐらい前にお嬢さんの結婚の件でインタビューして以来(当時、私は文化部でした)、何度かインタビューをする機会がありました。中でも今年2月に、都内の事務所で皇室典範改正問題について聞いたことが印象に残っています。いろいろと言われるけれど、皇室に対する尊崇の念は、確かに強く持っている人だと感じました。

 

 橋本氏が首相在任中の平成8年に皇位継承制度に関する非公式検討が始まった経緯があることから、意見を聞きに行ったのです。

 

 このインタビューについては一部、紙面化していますが、この機会にさらに詳しく橋本氏の話した内容を紹介したいと思います。新聞ではスペースの関係でどうしても省略してしまいますので。橋本氏は、皇室典範有識者会議の運営方法について強い不満を示していました。できるだけ話し言葉のまま、記してみたいと思います。

 

 問い 「有識者会議の運営についてはどうお考えですか」

 

 橋本氏 「プロセスにおいて、非常に不満を持っている。手順として。そして、私は実は両陛下を巻き込むことはいかがかとは思っていたが、それまでに、いろんな機会で皇室の中にもいくつかの意見があることを知っていたので、一度はそれを古川君(有識者会議メンバーの古川貞二郎元官房副長官)に伝えたいと思った」

 

  「ところが、古川君が『ノー』だった。要するに、有識者会議のメンバーがやっているところに、余計なことをいうのではない、というのだろうか。皇室の意見を聴くことをプロセスに含んでいないのか、純粋に皇室を巻き込まないためか分からないが、私は諦めが悪くて、『全員から聴けなんて言っていない。しかし、最長老の三笠宮殿下の意見ぐらいは聴くべきではないか』と内閣府の担当者を通じて、古川君に意見具申をした(が聞き入れられなかった)」

 

  「これは不幸なことと思うが、皇室の中の意見の違いがどの程度かは別として、いろんな形で報道に出るようになった。有識者会議の運営は間違っていると思う。率直にそう思う。少なくとも、三笠宮殿下、戦前の皇室も、占領行政下の皇室も、臣籍降下も経験され、今日までずっと皇室を見てこられた。私はも少なくとも三笠宮殿下からは話をうかがっておくべきだったと思う」

 

 「私は女性天皇を否定しない。しかし、女系天皇を認めるべきかどうかは、もっと時間をかけて考えるべきことだと思う。少なくとも、国民に女系であっても伝統が守られるという意思の統一がなければ、ばたばた急ぐべきでないと思う。少なくとも、同じ結論に達するにしろ慎重さが必要だ」

 

 「繰言になるが、私だったらあんな見え見えの形で会議をつくって、座長に『皇室の意見は聴かない』なんて言わせない。無礼だ。少なくとも非礼だ。果たしてあの人選が本当に国民を代表する人選か」

 

 「われわれは、ああいう会議が動くことを報道で知った。それで意見を言ったのだが、聞いてもらえなかった」

 

 橋本氏の言葉からは、無念、無力感、憤り、自負とさまざまな思いが伝わってきました。私個人は、政治部に配属になったばかりのころ、橋本氏の自宅に昼回り(確か土曜日)をかけた際に、いきなり30分間ほど取材作法を説教されたり、きつい目で嫌味を言われたりした経験もあるし、とっつきにくい人だなと思っていたのですが、このインタビューのときは違いました。

 

 勝手な推察ですが、きっと、橋本氏自身、この問題について発言したいことがあり、インタビューの申し込みがあった機会に、思いのたけを語ってくれたのだと思います。話ぶりは静かでしたが、そういう迫力のようなものが伝わってきたのを覚えています。

 

 橋本氏は、「私が総理を辞めてしばらくして、古川君から、『皇位継承制度の見直しの必要が生じた場合の国会議員、自民党の取りまとめのことを考えておいてください』と言ってきた」とも語っていました。

 

 皇室典範改正論議は、秋篠宮妃紀子さまのご出産までは、ひとまず沈静化しています。今後、再び論議の必要性が出てくるときが来たとしても、橋本氏が述べたように、皇室のご意見をきちんと受け止め、国民にも正しく説明したうえで慎重に進めてほしいものです。

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国会近くでよく配られているビラ

2006/06/30 18:34

 

 国会が閉会したので最近は少なくなりましたが、国会の真裏に位置する国会議員会館の前では、よくビラが配られています。

 

 一番多いのは労働組合による「とにかく何でも反対!」のたぐいでしょうか。覆面やマスクで顔を隠した左翼過激派の人たちが、「米帝国主義に追随する自衛隊のイラク派遣反対」などと、道の反対側からチェックしている公安当局(けっこうすぐ分かります)の目を気にしながら訴えていることもあります。

 

 でも、個人的に一番興味を覚えるのが、中国で弾圧されている気功集団、法輪功のメンバーが懸命に配っているビラで、必ず受け取るようにしています。書かれていることの真偽のほどは確かめていません(申し訳ありません。簡単にできることではないので)が、ご存知ない方のために内容を少し紹介したいと思います。

 

 断っておきますが、法輪功や気功自体には特に関心もありませんし、好悪の情もどちらも抱いていません。もちろん信徒でもないし、知り合いにメンバーもいません。

 

 ただ、中国政府がこの団体に行った弾圧がすさまじいのは本当ですし、法輪功の人が配っているビラの内容が事実なら、これは国際的に大問題となる話です。もっとも、議員会館に吸い込まれる秘書さんや陳情に訪れる人、また記者たちも、ビラは受け取ってもたいして関心はなさそうにしています。現実離れしていると思うからでしょうか。

 

 前置きが長くなりましたが、たとえば写真付きで「中共は生きた法輪功学習者の臓器を摘出して殺害」「中共の大規模な臓器摘出殺人、ナチスより残忍な国家犯罪!」などの見出しが躍っています。「(移植を受けるため)臓器を待つには米国が3-7年なのに、中国は1週間。臓器狩りのため、生身の人間から摘出・殺害」「臓器を摘出した執刀医の前妻の証言」などという袖見出しも衝撃的です。記事本文はあまりにグロいので省略します。

 

 われわれとしては、個々の事実をきちんと検証しないと報道できませんし、これらの記事の信憑性がわからないうちに、真実であることを前提にしたような取材活動もなかなかできません。

 

 しかし、今年4月に中国胡錦濤国家主席が訪米した際の歓迎式典で、法輪功に所属する女性医師が「生きている法輪功学習者から臓器を摘出するのをやめなさい」と叫ぶハプニングがあったのは記憶に新しいところです。

 

 また、4年前の段階で、中国当局は「法輪功組織の被拘禁者・逮捕者は10万人以上、労働改造所送りは2万人以上、懲役服役者は500人以上」と発表しているのも事実です。中国は法輪功について、「宗教ではなく邪教」「国際的な反中国勢力の手先・道具」と位置づけているからです。

 

 地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教に対しても、破防法を適用できなかった日本とは大違いですね。

 

 仮に法輪功側のビラに事実と異なる点があるにしても、中国が宗教やこうした団体を弾圧していることは疑いようもありません。現に、中国はカトリックの総本山であるバチカンとも国交を結んでいません。チベット仏教のダライ・ラマ法王は亡命を続けていますし。

 

 まあ、共産党独裁の中国とは、本当にいろんな問題点を内在させた国なのだなあ、いつか国内の不満や矛盾が一気に爆発しないかなあ、というのが本日の感想です。

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個人的でささやかな中国体験

2006/06/29 10:25

 

 今からもう20年近く前のこと。都内某所の焼き鳥居酒屋でバイトしていた私に、李永強さんという新しいバイト仲間ができました。上海出身で、年齢は20代後半、確か留学生だったと思います。

 

 バイト先の店長の奥さんに「よろしくね」と言われ、就業時間後の賄い飯でチューハイを酌み交わしました。李さんは「中国の女性は自己主張が強い。おとなしい日本の女性を嫁にもらいたいと思って日本に来ました。日本の男性はみんな高倉健みたいな軍人風かと思っていたら、そうでもないですね」と素直に希望を語っていました。

 

 ですが、ときはバブル前夜。世間ではメッシー君だのアッシー君だのという言葉が飛び交う中で、特に見栄えがいいわけでもない外国人留学生が、そう簡単にいい相手を見つけられはしないだろうな、と少し気の毒になったのを覚えています。日本女性がおとなしいとも限りませんし。

 

 その後はバイトの勤務ダイヤが違ったので、たまに同じ日が重なる程度で、そう顔を合わすことはありませんでした。でも、たまたま一緒になると、李さんは私に、いろいろと店長や奥さんに対する不満をぶつけてきました。

 

 李さん 「契約では夜10時までなのに、『あとちょっと頼む』などと言われる。これは契約違反であり、許せない」
 私 「それは分かるけど、お店が混雑しているときには助けてあげたほうがいい。そうすることによって、場合によっては昇給したり、賄いが豪華になったりすることだってあると思いますよ」
 李さん 「不合理で、理解できない」
 私 「郷に入れば郷に従えということわざがあります。そのうちいいことありますって」

 

 李さんの示した不信感に、ああ、中国人は個人主義だというけれど、本当だなあと感じました。価値観が違うから、日本人同士の「あ、うん」の呼吸、無言で互いを思いやる関係なんて、なかなか納得されないのだなと。黙っていわれた通りにしていたら、ちゃんとむくわれるのに、李さんは一方的に資本家に搾取されたとでも感じたようでした。

 

 一方で、やはり二回目に賄い飯でチューハイを酌み交わした際には、突然、こんなことをいわれました。

 

 「阿比留さん。あなたはこれで本当の友達だ。だから、今度から何でも私に言ってきてください。私の部屋にも遊びにきてください。電話番号も教えてください」

 

 って、急に胸襟を開かれても困るんですよね。こっちは自分が食べるのに(それと飲むのに)精いっぱいの貧乏学生ですから。中国人はいったん親しくなると、どこまでも信用するとも本で読んだことがありましたが、こっちは心の準備ができていないし‥。ただ、「日本でも友人がほしい」という気持ちは痛切に伝わってきました。

 

 こんなやりとりもしました。話の脈絡は覚えていませんが、さきの戦争による中国の被害に話題が及ぶと、李さんはさえぎるようにして「上海では、悪いことをしたのは、日本人の威を借りた朝鮮人ばかりですよ。私は日本人に悪い感情はないよ」と言いました。いきなり「朝鮮人」という言葉が出てきたときには、本当にどきっとしました。李さんが適当なことを言ったのか、何か具体的な事実に基づくのかは聞けませんでした。古い話で言い回しは正確ではないでしょうが、実話です。 

 

 まあ、日本人である私にリップサービスをしたのもあるでしょうが、江沢民国家主席が愛国(反日)教育を強化する以前のことだったということも、あるのかもしれません。

 

 そんな李さんは、その後しばらくして職場を急に辞めました。事情は分かりませんが、バイト先の奥さんが「何を考えているのだか」と怒っていたのを覚えています。私との間には結局、本当の友人関係なんて成立しませんでした‥。

 

 現在、李さんが日本にいるとも中国に帰ったとも分かりませんし、たとえ道ですれ違ってもお互い気づかないと思います。その後、取材では中国人や在外華僑の人と会う機会は何度もありました。しかし、同じバイトという立場で李さんと語らった短い時間は、私の中国に対する「原体験」(少し大げさですね)としてはっきりと記憶に残っているのも事実です。

 

 女子大生誘拐事件の主犯格の男が、元中国人留学生だったというニュースを見て、つらつら思い出してみました。体制も価値観も文化、風土も異なる国民同士が交わり、さらに友情をはぐくむなんて、よほどいい条件がなければ難しいのでしょうね。ちょっと出会っただけでは、それだけで終わってしまう。私が冷たいだけかもしれませんが。

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自民党総裁選とニーチェの箴言

2006/06/28 06:26

 

 自民党森派町村信孝前外相が昨日の講演で、福田康夫元官房長官の総裁選出馬の見通しについて「意欲はあると思う」と語ったことが話題になっています。「生体反応なし」とされる福田氏ですが、森派としては何とか顔も立ててやらなければならず、いろいろな調整・駆け引きも行われているのでしょう。

 

 ただ、これはいずれにしろ福田氏が「出る、出ない」をはっきりさせればいいことですよね。正式の出馬はともかくとして、意欲を示すなり、毎日動向を追っている記者団に「意欲はない」と明言すれば、すっきりするでしょうに。

 

 さて、そこで唐突ですが、ニーチェの「ツァラトゥストラはこのように語った」(吉沢伝三郎訳)から、いくつかの言葉を「恣意的に」紹介したいと思います。

 

 《誇り高い者たちよりも、むしろ虚栄心の強い者たちをいたわること、これが、人間と交わるための、私の第二の賢さである》(人間と交わるための賢さについて)

 

 賢者(?)の沈黙については、次のような言葉が印象的です。

 

 《幾多の賢い者たちを、私は見いだした。この者たちは、誰にも自分の心底を見透かされないように、自分の顔にヴェールをかぶせ、自分の水を濁らせたのだ》(オリーブ山で)

 

 《彼らはみな、自分の水を深く見せようとして、それを濁らせるのだ》(詩人たちについて)

 

 《語らないことが彼の狡猾さだ。かくて、彼はめったに間違うことがない》(覚醒)

 

 何もツァラトゥストラさんが福田氏のことを語っているわけではありませんが、いつの時代も人は同じ、というわけですね。確かに、政治家は何かいうと上げ足取りをされる存在ですから、沈黙戦術を使って本心を見せないようにしている政治家はたくさんいます。ですが、一国の首相を選ぶ選挙ですから、志のある方には早く意思を明確にしてほしいところです。

 

 心からの自戒を込めていうのですが、そうしないと、メディアは虚像を勝手にふくらませ、期待感を勝手に高めたあげくに、「おちた偶像」扱いをしかねません。残念ながら、持ち上げて落とすというやり方は、メディアが最も得意とするところですから…。

 

 《沈黙はもっと悪い、話さずにおかれた諸真理は、すべて有毒になる》(自己超克について)

 

 ところで、総裁選とは関係ありませんが、最近の韓国や北朝鮮の言動について、次の言葉を贈りたいと思います。

 

 《在る者たちは、みずからの一握りの正義を誇り、この正義のために、一切の諸事物に対して罪を犯す。そこで、世界が彼らの不正の中で溺死させられるのだ》

 

 

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