さて、事実上、次期首相を選ぶといわれる自民党総裁選の投開票日まであとわずかとなりました。まあ、あまり予断を持って論じるわけにはいきませんが、だいたいの趨勢を見ると、序盤は有力と言われた石原伸晃幹事長が失速し、その分、他候補が票を上積みしているというところでしょうか。 私も本当は、あちこちの現場に飛んで取材したいのですが、いたずらに馬齢を重ねるといろいろな雑用ばかり増え、現場の生の空気を実感できる場面が減っていきます。というわけで、総裁選の候補者遊説に同行した若手記者(というほど若くもありませんが)のメモから、有権者(自民党支持者?)の雰囲気が伝わる部分を抜き書きしました。 あくまで、各記者がそこで感じたというだけで、それが実際にそうだったかまでは分かりませんが、現場だからこそ分かることもあるでしょうから、何かの参考にはなると思います。少なくとも、テレビで偉そうに解説している年配者より、よほど素直に物事を受け止めていることでしょう。 ■23日 ・激しい雨だが、駅北口ロータリーは黒山の人だかり。石破氏が傘も差さず、ずぶぬれで演説。安倍氏への声援が一番多く、日章旗片手に「安倍さーん」という若い声も。石破氏もまあまあ。石原氏は演者で唯一、演説始めの拍手なし。(千葉県のJR市川駅前)・笑顔で甲府駅から出てきた4人は握手攻めと拍手。人気は安倍氏、石破氏、石原氏、林氏の順か。(JR甲府駅前)
■22日
・演説中の聴衆の状況(携帯などのカメラで撮影するかどうか)や演説後の聴衆反応を見ていると、石破、安倍両氏の反応が良い。(福島市内)
・安倍氏の拍手、掛け声が多い。(仙台市内)
■21日
・声援は安倍、石原両氏が多し。演説前の幟は石原、石破両氏のみ。パンフを積極的に配っているのは安倍、石破両氏。(那覇市内)
■18日
・小雨が降り続き、見物人も動員と見られる人ばかりで限定的。石破氏のパネルを掲げている人が目立ったくらい。安倍氏のチラシを配布している人もいた。演説は相変わらず、テンションが高い安倍氏への拍手、かけ声が多い。(神戸市内)
■17日
・石原氏を応援する大きな看板(西部警察とか書いてある)を持った人たちがうろうろしていた。あと「安倍さん」と書かれた小さなプラカードを持っている人も。歓声は安倍氏に対するものが一番大きかった。(大阪市内)
・直前までの雨は上がったものの、台風16号の影響で風が強い。演説では安倍氏が一番威勢がよく、拍手やかけ声も多かった。石原氏の失言はなし。(名古屋市内)
■16日
・声援の大きさはあまり変わらず。強いていえば、石破、安倍両氏がやや大きめ。握手の数から見ると、石破氏優位。石原氏は最後近づいてきた中年女性に「エイリアンじゃないよ」と嫌味を言われる。石原氏は無視。(JR長野駅前)
……後輩記者の街頭演説メモは当然、これだけではありませんが、聴衆が各候補にどういう反応を示しているのか、記者が何に留意しているのかが分かりやすいものを選んで紹介しました。まあ、だからどうだというほどのものではありませんが。
で、一方の民主党はというと、代表戦で再選を果たした野田佳彦首相は幹事長に「あの人」を続投させるようですね。民主党に人材がいないことは重々、もう勘弁してくれというほど分かってはいますが、それでもねえ。野田氏が昨年8月前に「あの人」を選んだ後、何かうまくいったことが一つでもあるのかと心から疑問なのですが、もう理解しようと試みる気も起きません。
誰が総裁になるにしろ、自民党はもし再び政権に就くことがあるならば、そのときこそ昔のしがらみなどと縁を切り、日教組・自治労と今度こそ本気で対峙してもらいたい。これをなあなあにするようでは、いくらあの、例の、いわく言い難い、目を背けたくなる、というかとても正視できない恥ずかしい民主党よりかはいくらかマシであっても、本質はたいして変わらないという評価を下さざるを得ません。
先のことは分かりませんし、私は有権者の心理、気持ちを読み取る能力に欠けているようですが、そんなかつての自民党がただ復権するだけであったら、もう時代が必要としていないと思う次第です。なあなあも、なれ合いも55年体制下には一定の意味があったのかもしれませんが、もう結構です。
たいして仕事をしているわけでもないのに、日々ばたばたしているうちに、恒例の読書エントリを2カ月以上さぼってしまいました。今年の残暑はとてもしつこく猛烈でしたが、本日はようやく秋らしい涼しい日となりました。というわけで、いつものように読み散らした本の紹介とまいります。
まずは、山本幸久氏の「一匹羊」(光文社、☆☆☆)から。この題名が、人とつるむことも群れることも得意ではなく、かといって一匹オオカミを気取るような強さも孤高さも何もない自分の立ち位置と重なるような気がして手に取りました。

8つの短編が収められていて、それぞれ「なんだかなあ」という日々を送っている主人公が、それでも小さな希望を胸に生きていく姿が愛おしく描かれています。「一匹羊」は短編の一つ、同族企業の中年サラリーマンが主役の物語でした。
三田完氏の「黄金界」(講談社、☆☆☆)も短編集で、やはり市井の人々の哀感が描かれています。一作目のソープランドのシーンの描写には少し驚かされました。特に、生真面目一方で売れない落語家が出てくる「通夜噺」はしみじみいい話でした。

自身も医師である海堂尊氏の「バチスタ」シリーズも、この「ケルベロスの肖像」(宝島社、☆☆★)でひとまず完結だそうです。愚痴外来の田口医師の成長(?)著しいのはいいのですが、なんとなく物足りなさも感じました。シリーズが終わるときは、こんなものなのかなと。

いつも安心のクオリティーを維持する宇江佐真理氏の髪結い伊三次シリーズ第11弾「明日のことは知らず」(文藝春秋、☆☆☆)は、毎度のことながらじっくりと読ませてくれます。伊三次夫婦は巻を重ねるごとに確実に歳をとっていきますが、その分、子供たちは成長していきます。この当たり前のことを、物語を通じて味わえる幸せよ。今回のタイトル通り、人間、先のことはどうなるか分かりませんが。

で、やはり宇江佐氏はいいなあと、しばらく前に刊行されていたけれど未読だった「通りゃんせ」(角川書店、☆☆☆)も手に取りました。これは、現代の若者が江戸時代に紛れ込むいわゆるタイムスリップもので、半村良氏の「講談 碑夜十郎」を連想させる設定です。宇江佐氏の作品には珍しいパターンであり、主人公が現代に戻る過程はいまひとつ説明不足のような気もしましたが、まあ楽しめました。

澤田ふじ子氏の公事宿事件書留帳シリーズはこの「鴉浄土」(幻冬舎、☆☆☆)で第20巻を数えます。私も会話がくどい、説教くさいなどとブツブツ文句を言いながら、20冊も買って読んでしまったというわけです。作家ってさすがだなあと。

さて、以前の読書エントリで高野和明氏の「ジェノサイド」に大いに感動したことを記したと記憶していますが、この「グレイブディッカー」(角川文庫、☆☆★)はどうかなあ。ミステリー小説としての評価はかなり高いようですが、私はあまり趣味に合わなかったようです。

いつのまにかシリーズ化していた浜田文人氏の「若頭補佐 白岩光義」も今回の「南へ」(幻冬舎文庫、☆☆★)で3巻目ですね。前作では仙台でトラブルに巻き込まれた白岩は、今回は福岡で面倒を抱え込みます。義理人情エンターテインメントは健在です。

ずっと前から気になっていたのですが、なんとなく読み損ねていた有川浩氏の「シアター」(メディアワークス文庫、☆☆☆)の1、2巻をようやく読了しました。どうやら3巻もそのうち出るようなので実に楽しみです。

シアターという題名について、単純でもの知らずの私は当初、映画館の物語なのだろうと思い込んでいたのですが、読んでみると劇団の話でした。しかしまあ、登場人物の一人ひとりのキャラクターが生きていて、しかもお金の問題がきっちりと書き込まれていて、とても興味深く読めました。主人公の劇団主宰者がとんでもなく甘ったれで、それでいて女性にもてるのは不愉快でしたが。
というわけで、同じ出版社つながりというわけでもないのですが、やはり以前から気になっていた三上延氏の「ビブリア古書堂の事件手帳」(☆☆★)の1~3巻にも手を出しました。これは、最初は今ひとつかなと思っていたのですが、だんだん栞子さんがちょっと正体不明の魔女じみてきて、面白くなってきました。

で、前回の読書エントリで2巻まで読んだことを報告した米澤穂信氏の古典部シリーズ(角川文庫、☆☆★)も、つい止まらなくなって「クドリャフカの順番」「遠まわりする雛」「ふたりの距離の概算」……と結局、現在出ている5巻すべて読破してしまいました。この年になって高校生気分にひたるのは難しいのですが、なんか読んでいて楽しい作品ですね。

なので、米澤作品を他にも読んでみるかと、しばらく以前に話題になった「ボトルネック」(新潮文庫、☆☆★)も読みました。うーん、これ、いろんな意味で非常によくできている作品だと思います。考えさせられもします。ただ、結論(題名が示唆)に救いが感じられず、私が読書に求めたいカタルシスがあまり……。

というわけで、時代小説のオムニバス「世話焼き長屋」(新潮文庫、☆☆☆)を買い求めました。収められていた短編5作のうち、実は2作は以前読んだことのある話でしたが、やっぱり時代小説はいいなあと。精神安定剤になります。

ここからは番外編です。ここの読書エントリは原則として「小説」を対象としていて、あまり漫画は紹介していませんが、ときどき無性に取り上げたくなる作品があります。今回読んだ片山ユキヲ氏の「花もて語れ」(小学館、1~5巻)という作品は、なんと朗読をテーマにしているのですが、これが実にいい。

私はこれを読んで、宮沢賢治の春と修羅の解釈や、高校生のときに完全に誤読していた太宰治の読み方などを改めて知ることができました。まあ、私のレベルが低すぎるということもあるのでしょうが、それにしてもいいなあ。最近はこのほか、うめ氏の「大東京トイボックス」(幻冬舎コミックス、1~8巻)にも打ちのめされました。
いい作品は、小説でも漫画でも、自分にもっと想像力と創造力があったなら……と、昔日の憧れを思い出させてくれます。現実は、政争がどうしたこうしたとか、政治的怨念がどうだとか、そんなつまらないことばかり追いかける日々なのですが。
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民主党の代表選が終わり、予想通り、野田佳彦首相が圧勝しました。ところが、再選後のあいさつで、野田氏は「私には今、笑顔がない」と述べて不景気な顔をして党の立て直しを訴えていました。16日のNHK番組でも「党運営はもう崖っぷちです」と言っていましたし、凄まじいヤジを浴びた19日の新宿での街頭演説でも、財政・原子力行政・領土問題で旧自民党政権を批判するばかりで聴衆の方は見ようともせず、殻に閉じこもった様子でしたね。
新宿に取材に行った後輩記者によると、野田氏の演説はヤジにかき消されてまともに聞こえなかったとそうです。そりゃ野田氏にしても、再選されたからといって前途を思うと笑っている余裕はないのでしょうね。
また、代表戦自体、ひたすら内向き・党内向きで国民に訴えることの少ないセレモニーでしたし、そこで行われた議論も現下の厳しい国際情勢についてよりも、党内融和だとかマニフェストがどうしたとか、もういまさら国民にはどうでもいいことが多かった気がします。これでは、国民が明るくなれるはずがありません。というか、民主党がどうなろうとそれもまたどうでもいいか。
野田氏はきょう、近く党役員人事を行うことも表明しましたが、それも自民党総裁選ばかりに話題をさらわれるのを避けようとしているのがみえみえでしたし、そもそも今民主党にいる人材をどう動かし使おうとたかが知れているので、ほとんど関心がわきません。もはやどうでもいい、という感じです。
一方の自民党総裁選の方も、当初は有力視されていた石原伸晃幹事長の失速感が著しいですね。本命は石原氏ながら、石破茂前政調会長の票を減らすために林芳正政調会長代理に立候補させたといわれる古賀誠元幹事長も現在の情勢に困り、林氏の票の引きはがしに入っているという情報もありますが、林氏としても、推薦人の数より議員票が減るような事態になったら将来の首相候補どころか議員生命も危うくなりますから、親分にさからってでも、そうはさせじと必死なことでしょう。
まあ、そんな真偽の定かでない怪情報はいくつも飛び交っていますが、やはり民主党代表選よりも自民党総裁選の方が面白く、議論の中身も民主党よりはいくらか聞き応えがあるので関心を持ってきました。大方の人はそうだろうと思います。
で、とはいっても一応、テレビで民主党代表選のニュースを見ていると、原口一博元総務相の敗戦の弁が映っていました。原口氏はインタビュアーに、野田首相から要請されれば党役員や閣僚に就く気はあるかと聞かれ、まずは「一兵卒でやります」という型通りの答えをしたわけですが、次の瞬間、「日本のためなら何でもやります!」と力強く述べていました。
つまり、一応、謙虚ぶってみせた後、すぐに「でも、党役員でも閣僚でも、ポストをくれるというなら喜んで受けます」と言いたかったのだと思います。代表戦中は、離党もほのめかして野田氏を批判しておきながらこれです。本人に直接聞けば、「いやいやそんなつもりで言ったのではない」と白々しく答えるでしょうが……。
なんか、日本の将来を左右するだろう自民党総裁選の行方だけでなく、原口氏個人の今後についても、ほんの少し違った意味で興味を覚えました。この先、どんな場面でどんな言葉を口走ってくれるのだろうかと。ルーピー鳩山氏には遠く及ばないにしても、これはこれである意味(というか変な意味で)期待できる逸材かもしれないと。我ながらそんなつまらないことを考えました。なんだかんだ言っても、それなりに票は稼いでいたし。
まあ、早く衆院解散・総選挙さえ実施されてくれれば、こんなどうでもいい世迷いごとを考えずに済むのですが。一方、今回の自民党総裁選では、各都道府県連とも、いつになく党員票の出方がとても遅いそうです。地方の党員たちは、親分や組織に指示されてそうするのではなく、じっくりと各候補の議論や様子を見極めた上で投票先を選んでいるのだと言われています。
さて、どうなるか。取材し、情勢を見守る方も徐々に緊張してきます。
さて、産経新聞は現在、小泉純一郎首相の初訪朝から10年ということで「再び、拉致を追う」(第2部 9.17を検証する)との連載記事を掲載しています。これには私もかかわっており、そういうわけで、福田康夫元首相や安倍晋三元首相ら、当時のことを知る政治家や政府関係者のインタビューを(自民党総裁選の告示前に)行いました(福田氏は私のことを嫌っているので、これは別の記者が聞き手です)。あれからもう10年が経つというのに、いまだに拉致された家族が戻らない方々のことを思うと、胸が締め付けられるような思いがします。
そのインタビューの中で、安倍氏は「当時も政府の中の何人かの主要な高官が、大義は日朝国交正常化であり、拉致問題はその障害にしか過ぎないと言っていた。その考え方自体が根本的に間違っている。正常化の目的は国益であって、それは日本人の奪われた人生を取り返すことなんです。正常化のあと、日本から1兆円近い国民の税金が北朝鮮に渡るんですよね。それが、日本に対する核攻撃用の資金にされたんであれば、まさに大きく国益を損ねるんです。国交正常化は必ずしも国益にかなわない」と語っています。
北朝鮮の金正日総書記が拉致の事実を認めて謝罪し、国民世論が怒りで沸騰するまで、けっこうこんな受け止め方をしている政治家、マスコミが多かったように記憶しています。
で、私はこの「拉致問題は障害」というひどい言い草に「どこかで見たか聞いたかした気がするな」と思っていたのですが、さきほど蓮池透氏の「奪還 引き裂かれた二十四年」(新潮文庫)を読み返していて、ああそうだったと思い出しました。1999年8月31日の朝日新聞の社説がまさにこう書いていたのです。
「日朝の国交正常化交渉には、日本人拉致疑惑をはじめ、障害がいくつもある」「植民地支配の精算をすませる意味でも、朝鮮半島の平和が日本の利益に直結するという意味でも、正常化交渉を急ぎ、緊張緩和に寄与することは、日本の国際的な責務といってもいい」
蓮池氏の著書によると、蓮池氏がこの表現について絶対に許すことはできないと抗議したところ、社説を書いた論説委員から
「障害という言葉が、感情的な色合いのこもった『じゃま』というニュアンスで解され、ご指摘のような受け止め方をされたのは残念だ」
という趣旨の返事がきたものの、全く謝罪はなかったとのことです。まあ、つい忘れがちになりますが、そういう時代でしたね。メディアはおおむね、拉致問題にも拉致被害者家族にも冷たかったのでした。蓮池氏はこうも記しています。
「NHKも当初は北朝鮮の特別番組を製作しても拉致問題には一切触れなかったほど、われわれの運動を無視してきました」
この年の12月には、外務省の槙田邦彦香港総領事(当時)が自民党の会合で
「(拉致された)たった10人のことで日朝国交正常化が止まっていいのか」
と述べたことが話題になりました。もっとも外務省幹部によると、この発言は槙田氏のオリジナルではなく、当時、外相だった河野洋平氏がよく言っていたことを、そのまま受け売りで言ったにすぎないとのことです。
また、似たような発言では、2001年11月に社民党の辻元清美政審会長(当時)がインターネットインタビューで
「北朝鮮には補償も何もしていないのだから、そのことをセットにせずに『9人、10人返せ』ばかり言ってもフェアじゃない」
と語ったことがありましたね。まあ、社民党は金総書記が拉致を認めた後も約2週間にわたり、ホームページに「(拉致問題は)新しく創作された事件というほかない」というトンデモ見解を載せていた政党ですから、当然といえば当然でしょうが。……こういう人たちのことは、決して忘れないように今後もときどき取り上げて記憶を新しくする必要がありそうです。
あなたは結局、望月や鈴木と同じですね。よーく分かりました。今まで、何か学ぼう、私の足らざるところを補おうとと思い、我慢に我慢を重ねてきましたが、ああ、ただの自己愛野郎だったのかと分かりました。二度と来るな。
今朝、民放のワイドショーにチャンネルを替えたら、例の新橋だか銀座だかで100人に聞きました、という怪しい調査結果の場面が映っていました。きょう告示された自民党総裁選の候補者で、誰が一番いいかというやつですね。
それで、どうしたものかと頭を抱えたくなることに、石原伸晃幹事長が一番支持されていました。これだけでもクラクラとめまいがする話なわけですが、テレビのインタビューを受けていた20代ぐらいの若い男性はこうのたまいました(メモを取ったわけではないのでうろ覚えです)。
「僕は石原都知事のいけいけどんどんなところが好きなので、伸晃さんも何かやってくれそうで期待したい」
石原家の長男が、父上への反抗心だか何だか分かりませんが、親に似ても似付かぬ自民党内のリベラル派で、近隣諸国に対しては融和派であることは、政治に関心のある人にとっては常識、というか常識以前のア・プリオリな何かですらあるような気がしますが、世間の目にはこう映るのかと……。
そして迎えたきょうの候補者共同記者会見で、石原幹事長はあの「河野談話」について、こう言い放ちました。ああ。
「河野談話はある意味ですごくよくできていた。当時の韓国大統領のコメントをみても非常によくできていた。ただし、国が狭義の意味で(強制連行を)行ったということの証拠は見つからなかったが、あの談話を読む限りでは、広義においてはそういうこともあったんではないかとうかがえる文面になっている。そこに知恵があった」
つまり、非常に韓国の意向に沿った談話である点がよくできていて、韓国側が「日本が強制連行を認めた」と解釈できるように書いてあるところにキラリと知恵が光っている、と言いたいわけですね。
……いかにも、この人のいいそうなことではあるのだけど、ああ。総裁選の最中なので、あまり具体的にあれこれ書きにくいので、伏せ字で
「この××!●●かあんたは!」
とだけ叫んでおきます。そう言えば、昨夜電話で話した自民党の某議員は「自民党の議員なんて9割は思想・信条じゃなくてカネとポストで動くもんですよ」と吐き捨てていましたが、どうなんでしょうね。石原幹事長が一回目の投票でどれぐらいの票を集めるかで、この言葉の真偽がある程度分かるかもしれません。
《われわれは、自分と同じ意見の人以外は、ほとんど誰のことも良識のある人とは思わない》(ラ・ロシュフコー)
《正直であることを私は約束できる。しかし不偏不党であることは約束できない》(ゲーテ)
さて、明日は自民党総裁選の告示日であり、選挙戦が正式にスタートします。なので、どうせ何を書いてもポジショントークと受け取られるだろうし、あまり個々の候補者についてあれこれ取り上げたくないのです。そうなのですが、その5人の候補の中に、石原伸晃幹事長と石破茂前政調会長が入っているのを見て思い出したことがあるのでやはり記しておこうと思います。
私は一昨年10月12日のエントリ「仙谷氏『出さないなんて一言も言っていない』」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1840857/)で、当時、国会論戦の焦点というかほぼ唯一のテーマとなっていた尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に関する石破氏の質問をほめました。
詳しくは上記エントリを読んでもらいたいのですが、要は、衝突場面の映像公開を事件の証拠物件だからという屁理屈をこねて拒み続けていた当時の仙谷由人官房長官を、石破氏が理詰めで追い詰め、「出さないなんて言っていない」という言質を取ったことを評価したのでした。
実はこの日、石破氏に先立ち、石原氏も質問に立っていました。ただ、私が聞いた限りでは、相手を攻撃する言葉の歯切れはよく、威勢はいいものの実はその論理展開は曲がりくねっていて弱く、相手が答弁に困り始めても気づかずにすぐ次の話題に移って相手を助けてしまうなど、あまりいい質問だとは思えませんでした。
実際、相手をとっちめているようでいて、政府側から特に重要な答弁を引き出すような場面はなかったと思います。というか何を聞いていたのかさっぱり記憶にありません。
ところが、翌日の朝日新聞政治面を開くと、記者の「観戦記」欄で、確か石原氏の質問が一番高く評価され、石破氏の質問の評価は散々でした。二年前のことでもあり、具体的な表現・言葉は覚えていませんが、あまりに私の感想と正反対だったので驚きました。
まあ、感じ方、受け止め方は各自いろいろだというのはそうなんでしょうが、この若い記者(観戦記には年齢が入っていました)は、何が議論されていて、何が焦点だったかよく分かっていないのではないかと率直に感じました。
それは、石原氏の方が元気に攻めていたという「イメージ」は受けるかもしれないけれど、内容と成果はどう見ても石破氏の方が上だろうと。あるいは、この記者の反応の方が普通で、政治家の評価なんてこんな部分もあるかもしれないけれど、それもちょっと空しい話だろうと……。
と、まあそんなことを考えていたところ、面白いことに、両氏から追及されていた仙谷氏自身がこの朝日の記事を読んで、周囲に「これは石破がかわいそうだ」と漏らしていたと後で聞きました。へえ、このインテリヤクザを気取った偽悪家の乱暴長官にも、素直なところがあるんだなあと感心したのでした。
仙谷氏と言えば、屁理屈と素人にはよく分からない法律用語を総動員して黒いカラスも白と言いくるめるのが大得意で、嘘でも何でもいいからとにかく議論に勝ちたいというタイプですね。そういう人は、意外と石破氏のようなどこまでも理詰めで押してくるタイプの人と実は根っこの部分で相通じるところがあって、本音ではどこか好ましく思い、きちんと評価しているのかなと感じた次第です。
もちろん、今さらだからどうだという話ではありません。ただ思いついたことや考えたこと、知っていることを吐き出したくなる職業病にかかってもう長いので、書きたくなったことを書かない気持ち悪いだけで、ホントに他意はありませんよ。
肝心の総裁選の行方について少しだけ触れると、本日は林芳正政調会長代理が立候補を表明し、麻生太郎元首相と高村正彦元外相が安倍晋三元首相支持を表明しました。いろいろ予測は飛んでいますが、まだ行方は混沌としているのが実態だと思います。なにしろ、一番重要な地方票がどうなるかはまだ見えていませんから。
地方票は集計の関係で、国会議員の投開票が行われる26日の前日中には、公表はされないものの各陣営、各議員たちには内々、情報として伝わるとみられます。そうなると、勝ち馬に乗りたい各議員たちは、現在支持を表明している相手ではなく、地方票で上位を確保した議員に一気に向かう可能性もあります。まだまだ一波乱二波乱もありそうですね。
さて、一昨日のことですが、NHKの世論調査結果を見て衝撃を受け、うちのめされたような気分になりました。まあ私の場合、割と簡単にへこむ方なのでこういう状態が特段、珍しいわけではないのですが、へなへなと力が抜けていくのが実感できました。
まもなく民主党政権が誕生して丸3年になりますね。この間、日本と日本人が被った有形無形の打撃、損害、被害、失われた国益、価値、国際的なイメージダウン、国力の減退、国民のモラルハザード、規律・規範と順法精神の崩壊……などはもう枚挙にいとまがなく、いちいち数え上げるのも面倒なくらいです。
で、私はなんとなく、こうした実態は国民の間である程度、共有されてきたのではないかと甘く考えていたわけですが……。NHKの世論調査によると、「3年前の衆議院選挙の結果、政権交代が起きたことの評価」について以下のような結果が出ました。
《「よかった」が30%で、2年前の調査より28ポイント下がる一方、「悪かった」が24%で、2年前より16ポイント上がり、「どちらともいえない」が42%。》
まだ、「よかった」が3割もいて、なおかつ「悪かった」という評価よりも多いわけです。私も、政権末期の自民党政権のていたらくにはげんなりでしたが、かといって、鳩山、菅、野田の3代の民主党政治を味わった上で、それでも「よかった」と答える人がこれほど多いとは正直、驚きでした。
世論調査は、サンプル数は所詮1000人かそこらですし、誤差も大きいでしょうが、それでもある程度、民意、有権者の心情を反映しているものと思います。よく各紙の世論調査が発表される度に、数字の操作を疑う声が出ますが、数字に対する解釈はともかく、生数字をわれわれ現場の記者がいじくることなど一切できません(産経の場合、調査は外部の調査会社への委託だし)。他紙もたぶんそうだと思います。
私は昨年4月に「政権交代の悪夢」(新潮新書)という本を出した通り、ずっと現在進行形の悪夢に悩まされ続けていると感じてきたのですが、多くの有権者の意識とはやはりかけ離れていたようです。
よく、記事を書く際にもっと「民意」を尊重し、それに寄り添って書くべきだとの指摘・注文を受けるのですが、私には民意の何がどうなっているのかさっぱり分かりません。もちろん、政権交代してよかったという意見が、イコール民主党政権への肯定・礼賛とは言えないでしょうが、それにしても……。
自身の半生を振り返ると、いつもマイナーな立ち位置にいたし、きっとこれからもずっとそうなのでしょう。ここらで、いろんなことについて「そんなもんだ」とたかをくくり、割り切った方がいいのかもしれません。その方が生きやすいし、所詮、何を言っても理解する気がない人には理解されないし。こっちも理解しようとするのはやめた方が……うーん、でもなあ。
本日、自民党の谷垣禎一総裁が総裁選(14日告示、26日投開票)への不出馬を表明しましたね。まあ、政治家としての谷垣氏はあまり評価していませんが、石原伸晃幹事長に寝首をかかれ、党長老たちに圧力をかけられてのことだと想うと、「せめて総裁選で堂々と雌雄を決する機会ぐらい与えてやれなかったものか」と少し気の毒になりました。
で、谷垣氏の不出馬により、俄然有利となったとみられる(と言ってもまだ全然分かりませんが)石原氏について、ここ数日、永田町や新聞紙上で「平成の明智光秀」と呼ぶ表現が目につきますね。石原氏はもともと、谷垣氏が立候補する場合は出馬せずに支えると明言していたわけで、配下の裏切りという意味ではその通りです。
また、国会議員は自分自身や政治情勢を歴史上の人物や歴史的場面になぞらえることが好きなので、これまでも自称・坂本龍馬なんかはけっこういましたが、やはり光秀となると考えさせられますね。
そこで、いつごろから新聞記事にこの表現が登場したのかなあと先ほど、新聞記事の切り抜きスクラップ作業をしつつ、目についてものを紹介しようと想います。ほぼ各紙に登場しているので、各社の記者が「なるほど、この表現はいただきだ」と飛びついたことがよく分かります。私が担当記者であっても、やはり使わない手はないと考えたことでしょう。
4日付産経 《3日なって、谷垣氏に30分以上にわたって「(『谷垣氏を支えるために政治をやっているのではない』と述べたのは)誤解を招いた。他意があったわけではない」と陳謝した石原氏。ある党幹部は「まるで明智光秀。恩をあだで返す行為だ」と激怒した。》
4日付日経 《出馬の意欲を示した石原氏には3日「平成の明智光秀だ」「主君を裏切って派閥の領袖におもねる。脱派閥を掲げるこちらは戦いやすい」など(安倍、石破)両氏周辺からけん制する声が相次いだ。》
4日付朝日 《執行部にいる石原氏が総裁選に意欲を示したことには「明智光秀だ」(谷垣氏周辺)との批判も出ている。》
5日付毎日 《出馬に意欲を示す石原伸晃幹事長(55)が、谷垣禎一総裁(67)に出馬断念を迫る党長老らの支援を受けていることで、イメージ悪化に苦慮している。党ナンバー2として谷垣総裁を支えるべき立場とあって、党内からは「平成の明智光秀」との批判も上がる。》
7日付朝日 《(谷垣氏が)石原氏と一本化しようにも、側近同士の不信感は強い。石原氏周辺は6日、こう漏らした。「『光秀』発言もあったし、信頼関係は簡単には取り戻せない」》
7日付毎日 《自民党内では、幹事長として総裁を支えるべき石原氏の出馬意欲に「平成の明智光秀」などの批判も出ており、派閥長老側も軌道修正を図り始めた。》
8日付朝日 《(石原氏が)意欲を示すと、「明智光秀だ」(閣僚経験者)と批判が吹き出した。谷垣氏は7日の会見で感想を聞かれ、「私のホームタウンの福知山城主は明智光秀だ」とけむに巻いたが、党内では「無理難題に耐えかねて反乱した光秀より始末が悪い」(閣僚経験者)との評価が広がる。》
8日付毎日 《「私のホームタウン(地元)である福知山の城主は明智光秀だ」。谷垣氏は7日の記者会見で、石原氏が「平成の明智光秀」と批判されていることへの感想を聞かれたが、こう言ってけむに巻いた。》
……「党幹部」だとか「閣僚経験者」だとか別の人であるかのようにも書かれていますが、これは同じ人のことをぼかして言っているだけだと思います。同時並行的に「光秀」という連想をした人はほかにもいるかもしれませんが。
で、私がたまたま見落としたのか、それとも石原氏がナベツネ氏と個人的に親しい関係にあることを慮ってか、読売では「光秀」の例えを見つけることができませんでした。まあ、いずれにしろ、これで混迷の自民党総裁選は候補が一人減ったわけですが、執行部の一本化を目指した谷垣氏が脱落したからと言って、「谷垣票」がそのまま石原氏に流れるということにはなりません。
むしろ、谷垣氏側近議員らには石原氏に対する「恨み骨髄」といった思いもあるでしょうし、これまでは谷垣氏支持の構えだった他派閥の麻生太郎元首相(麻生派)や高村正彦元外相(高村派)、河村建夫元官房長官(伊吹派)らがどうするのか、という点も興味深いですね。
もう親分や偉い人が「あっち」と言えば下はみんな従う時代ではなくなりましたが、自民党の国会議員自体が随分減ってしまったので、一人ひっくり返っただけで大きな影響が出ます。古賀誠元幹事長(古賀派)は本当に最後まで林芳正氏を担ぐ気なのかどうかなど、全く読めない地方票どころか、国会議員票すら実際のところどう動くか分かったものではありません。
きょう取り上げた石原氏にしたところで、谷垣氏降ろしには成功したものの、この「光秀」の烙印はしばらく消えないでしょうし、長老の寵愛があるからといって、そうすんなりは勝てないでしょう。ともあれ、一部の新聞は早くも「党内抗争」だと批判を始めましたが、私は「我こそは」と思う人がどんどん出て、堂々と主張を戦わせるのはいいことだと思っています。
あと、私は谷垣氏の突然の出馬とりやめを聞いて、この「光秀」の名付け親の党幹部が、最後の局面で自分自身が本当の「光秀」になって谷垣氏に引導を渡したのではないかという疑いを覚えました。まあ、穿ちすぎの誤った「カン」かもしれませんね…。ちなみに私は、自身のカンなど全く信用していないのですから、ここは蛇足でした。
「同期1期生の皆さんへ 代表戦に向けての想い」と題された賛同者を募る呼びかけで、網屋信介衆院議員(比例九州)の手になるものです。これを読んで、なるほどそうだろうなと感じる人も、今さら甘えるな、無責任だ、勝手にしろと怒りを覚える人もいるでしょうが、まあ、1年生議員の立場と意識なんてだいたいはこんなものでしょう。
《今回の代表戦に皆さんは何を期待しますか。野田首相は「ぶれない政治、決める政治」を追求し続けた名宰相として高く評価しています。しかし、このまま衆院選に突入したら、我々1期生の何人が勝ち残れるでしょう。当初140人以上いた同志のうち(離党によって減少しましたが)、おそらく次の選挙後に国会に戻って来れるのは、よほどのことがない限り、かなり少数となることは必至です。
では、民主党が凋落して行ったこの3年間、私たち1期生は地元活動を疎かにしてきましたか?答えは、ほとんどの人が否でしょう。多くの仲間は地元に帰ると、「お前は何をしているんだ」と言われた事はほとんどなく、「あんたは応援するけど、今の民主党はねえ?」とか「いつまで民主党にいるんだ」とか、自分自身に対する批判でなく、党や政府に対する批判ばかりです。もし、このまま選挙になって落選しようものなら、自分たちのこの3年間、いや、選挙活動も含めたそれ以上の期間の自分たちの費やした時間は、「党」とか「政府」とか自分がほとんど関われなかった組織や、それを動かして来た人たちによってかき消されていくような気がしてなりません。
「仲間割れを見せつけられるのはもう懲り懲りだ」
「県外、国外など大見栄(ママ)を切っただけで何も変わらないじゃないか」
「結局、自民党と同じ官僚主導政治じゃないか」
などなど、自分ではどうしようもない批判にさらされ続けた自分たちの役割は何だったのでしょう。
組織もない、地盤もないところから、少しずつ民主党の種を植え、育てて来たのに、実になる前に枯れてしまうかもしれないというこの思いをどこにぶつければいいのだろうというのが私の正直な気持ちです。
もう、後がありません。今こそ誰に気兼ねすることなく、自分の思いを代弁してくれる人を代表戦で選びませんか。
このまま、心にわだかまりを持ったまま総選挙に突入し、散ってしまっていいのですか。
私たちは、そのために結集して、忌憚なく思いをぶつけあってこの局面を自ら打破していきませんか。
私は現在取沙汰されている候補がこの思いを代弁してくれるならそれでもいいと思っています。そうでなければ、私たちの気持ちを代弁する仲間を是非とも代表戦に擁立したいと思っています。
是非皆さんの賛同をお願いします。》
……そして、賛同者として山崎摩耶衆院議員(比例北海道)と道休誠一郎衆院議員(比例九州)の名前が、FAX返信先として森本和義(愛知15区)の名前が記されていて、最後に「賛同して頂いた方々で集会をやりたいと思います」とありました。なんかうらぶれた、たそがれた雰囲気が漂います。
この人たちが誰を想定しているのか分かりませんが、民主党代表選をめぐっては今、かつて女性タレントと浮き名を流した若い候補の名前が上がっていますね。まあ、もう民主党代表が誰になろうとほとんど関心はないのですが、衆院解散・総選挙の先送りだけは勘弁してほしいところです。この3年間、まるで異民族に支配されたかのような言葉の通じなさ、違和感と圧迫感に苦しんできたので、早く解放されたいのです。


by 伊佐柳若人
最近読んだ本について・ノーテ…