前回のエントリでは、中国の温首相の「いかにも中国だな」という国会演説について書きました。想定内の内容でしたが、この国は変わらないだろうなあというある種の諦めを感じさせるものでした。で、本日は口直しというわけではありませんが、昨年12月14日にやはり国会で行われたインドのシン首相の演説を読み返し、改めて中国よりもインドの方が大事だなあという感想を抱きました。この演説自体はいろんなブロガーさんが取り上げていますが、メディアではあまり取り上げられませんでしたね。
日本のマスコミの場合、本当は大事にすべき親日国や理解者は無視し、反日騒動に明け暮れる国や相手は大きく扱うという慣習があるようです。日本が称賛されたり、評価されたりすることがどうにも我慢できない、という倒錯した心理でもあるのでしょうか。ともあれ、シン氏の演説は次のようなものでした。
《日本とインドは文明的にも近い国であります。我々の最も古い絆を形成するのが、共通する遺産でもある仏教です。二つの文化は歴史を通して交流し、豊かさを増してきました。1000年余り前、インドの僧侶ボディセナ(菩提僊那)は、東大寺の大仏開眼供養に参列するため奈良を訪れました。近代においては、タゴールと岡倉天心が、アジアの偉大なる両国の間に理解の新しい架け橋を築きました。
科学技術の発展に基づく明治維新以降の日本の近代化と、戦後に日本再建の基となった活力と気概は、インドの初代首相であるジャワハルラル・ネールに深い影響を与えました。ネール首相は、インドが日本と緊密な絆を結び、その経験から学ぶことを望みました。
インドが日本からのODA(政府開発援助)の最初の受益国になるよう尽力されたのは、当時の岸信介総理大臣でした。今日、インドは日本のODAの最大の受益国であり、こうした援助に我々は深く感謝しております。》
まず、インド建国の父、ネルーの名前が出てきますね。話はあちこち飛ぶようですが、昨日の新聞に名越二荒之介・元高千穂商科大教授の訃報が掲載されていました。心からご冥福をお祈りいたします。この名越氏の編著「世界から見た大東亜戦争」(展転社)から引用すると、ネルー氏は16歳のとき、英国の植民地下のインドで日露戦争のニュースを知り、熱狂したのだそうです。
「日本の戦捷は私の熱狂を沸き立たせ、新しいニュースを見るために毎日、新聞を待ち焦がれた。相当の金をかけて日本に関する書籍を沢山買い込んで読もうと務めた。(中略)私の頭はナショナリスチックの意識で一杯になった。インドをヨーロッパの隷属から、アジアをヨーロッパの隷属から救い出すことに想いを馳せた」(「ネルー自伝」上)
また、ネルー氏はのちにインド独立連盟初代総裁を務めたビハリ・ボース氏の息女、哲子氏に「日本が大国ロシアを破った時、インド全国民は非常に刺激され、大英帝国をインドから放逐すべしという独立運動が全インドに拡がりました」と話したといいます。シン首相は世界史における日本の果たした役割をきちんと評価してくれているようです。むしろ、日本人自身の方が忘れているというのに。
また、安倍首相の祖父、岸元首相の名前を出したのは、必ずしもリップサービスとはいえないでしょう。岸氏は東京裁判で被告全員無罪の意見書を出したパール判事に深く感激していますし、確か日本の首相として初めてインドを訪問したのも岸氏でしたね。
《日本の工業は、自動車や石油化学などインド産業の発展のために貴重な役割を果してきました。90年代の初頭、インドが深刻な経済危機に陥った時期、日本は迷うことなく支援し続けてくださいました。
1952年、インドは日本との間で二国間の平和条約を調印し、日本に対するすべての戦争賠償要求を放棄しました。戦後、ラダ・ビノード・パル判事の下した信念に基づく判断は、今日に至っても日本で記憶されています。
こうした出来事は、我々の友情の深さと、歴史を通じて、危機に際してお互いに助け合ってきた事実を反映するものです。》
私は森元首相と小泉前首相がそれぞれインドを訪問した際に、同行記者の一員としてついて行きましたが、森氏も小泉氏も現地でこのパール判事について言及し、日本とインドとの友情をうたいあげました。でも、その部分を記事にしたところは弊紙を除けばほとんどなかったように思います。私はとても重要だと判断したのですが。
訪印した際に知ったのですが、インドの国会では広島、長崎の原爆投下日には黙祷が行われるほか、最も好きな国の世論調査では日本がずっと一位だったそうです。こういうエピソードを聞くにつけ、特アがいかに特殊であるかが分かりますね。それなのに、アジア=特アという発想から抜けきれないマスコミや評論家がいかに多いことか。
《日本を訪れるたびに、お国の発展を見て真に鼓舞され、寛大さに心を打たれます。私は、1992年の訪日を決して忘れることがないでしょう。それは、インドの財務相として初の両国間の訪問でした。
1991年に前例のない経済危機に対処した際、日本から送られた支援に謝意を述べるための訪日でした。古い型を打破し、グローバル化しつつある世界での競争に備えるべく経済を開放し、新たな前進への道を乗り出す機会を、あの危機は我々に与えたのでした。当時、弾力性や献身といった長所、あるいは逆境にあって如何に機会を創造するかといったことを日本から学ぼうとして、我々は日本に目を向けたのでした。
新生インドの首相として、今日、私は日本に戻ってまいりました。過去15年間、インド経済は年率平均6パーセントを上回る成長を遂げてきました。近年は一層弾みがつき、成長率は年間8パーセント以上に加速しています。現在、インドの投資率は対GNP比で30パーセントに相当します。1990年代初頭に立ち上げた広範な経済改革の結果、インド経済は、経済のグローバル化と多極化の進む世界の出現によってもたらされた課題やチャンスを受けいれる柔軟性を身につけました。
インドは、開かれた社会、開かれた経済として前進を続けています。民主的な政体の枠組みの中でインドを変容させようとする我々の努力が成功を収めることは、アジアと世界の平和と発展にとって極めて重要です。これまでに、10億を超える人々が民族や文化など多元的な要素を抱えた民主主義の枠組みの中で貧困を撲滅し、社会と経済を現代化しようと試みた例は全くありません。(中略)
我々は、自由、民主主義、基本的権利、法の支配という普遍的に擁護された価値を共有するアジアの二つの大国です。両国間に存在するこの共通の価値と膨大な経済的補完性を活用し、互いに相手国を最重要と認める強固なパートナーシップを築いていかなければなりません。
また、新たな国際秩序の中で、インドと日本は国力に見合った均衡の取れた役割を演じなければならないという点でも、考え方を共有しています。日印間の強い絆は、開かれた包容力のあるアジアを構築し、地域の平和と安定を強化するための重要な要素です。》
シン首相が財務相時代に日本を訪れ、日本から受けた歓迎と経済支援に深く感謝しているというのは、本当なのだそうです。いくらODAを注ぎ込んでも感謝するどころか、受け取ってやるという顔をしてきたどこかの国とは大違いですね。支援のしがいがあるというものです。
また、シン首相が述べた「自由、民主主義、基本的権利(人権)、法の支配」の4つの価値観は、安倍首相が展開している「価値観外交」を引用したものだと思われます。もちろん、インド国内にはまだまだ克服できていないカースト制度などの問題はありますが、中国とは違って民主主義国であることは事実でしょう。あと10数年もすれぱ人口面でも中国を抜くと言われ、今後、ますます世界のメーンプレーヤーになっていくことは間違いないし。
《経済関係が二国間関係の基盤となるべきであり、この分野での結びつきを強力に推し進めることが必要です。日印間の貿易や投資は、到底その可能性を発揮しているとはいえません。それとは対照的に、インドと中国、インドと韓国の貿易は好調で、昨年は両国との貿易がおよそ40パーセントの伸びを示しました。中国との貿易は日印貿易の3倍近くに膨らんでおり、韓国との貿易も日印貿易とほぼ肩を並べています。
心ある賢人同士のパートナーシップは、人事の交流をより盛んにすることを意味します。私は、インドにおいて日本語を学ぶ学生の数が増えることを願っています。日本語は、既にインドの中等教育で外国語の選択科目として導入されています。明日、安倍総理大臣と私は、「将来への投資構想」を立ち上げます。今後数年の間に何千人ものインドの若者が日本語を学ぶことができるようにしたいと望んでいます。
相互が関心を持っているもう一つの分野は、エネルギーの安全保障です。アジア地域全体として、エネルギー供給の安全を保障し、エネルギー市場を効率的に機能させることが必要です。
我々は貿易とエネルギーの流れを確保するために、シーレーンを保護することを含めた、防衛協力の促進に同等の関心をよせています。
日本と同様にインドも、増加するエネルギー需要に対応するため、原子力が現実的でクリーンなエネルギー資源だと考えています。これを実現させるために、国際社会による革新的で前向きな取り組みが軌道に乗るよう、我々は日本の支援を求めます。
テロは平和に対する共通の脅威で、開かれた我々の社会の調和と組織を脅かします。テロには多くの側面があり、その原因も多様で、地理的な境界も無視されるという複雑な問題なのです。我々が力を合わせないかぎり、テロとの戦いには勝てません。》
そうなんですよねぇ、日本企業のインド進出は韓国の後塵を拝しているのですよね。私もたった2回、インドに行っただけですが、スズキを除いて日本車、日本製品があまりに少ないのにがっかりしたのを覚えています。逆に、それだけマーケットの将来性は高いと見ることもできると思います。
それと、シーレーンとテロ対策の指摘は重要ですね。言うまでもなく、中東からの原油はインド洋を通って輸入されるわけですし、中国はミャンマーを取り込んでアンダマン海域あたりを支配しようとしているようだし。安倍氏は自民党幹事長時代にこの海域でのインドとのガス田共同開発の話を進めようとしていまし、前回の小泉氏とシン氏の首脳会談でも話題になったはずなのですが、その後、進展したという話があまり聞こえてこないのは、難航しているのでしょうか。
《私は、国連と国連安全保障理事会が今日の情勢に対応できるものになるよう、その活性化と改革に向けて両国が協力してきたことをうれしく思います。両国は国連とさまざまな国連関係機関の効率強化に関心を持っています。この意味において、今、我々が置かれているグローバル化された世界で、各国の相互依存関係を秩序正しく公正に運営していくべく、両国の協力関係を強化しなければなりません。
アジアで最大の民主主義国と最も発達した民主主義国である両国は、お互いの発展と繁栄に利害関係を有しています。我々は、インドの経済環境が投資のしやすいものになるよう努める決意です。日本企業に是非インドにおけるプレゼンスを拡大していただきたいのです。安倍総理大臣と私は、二国間の投資、貿易、テクノロジーの流れを増大させるべく、包括的経済連携協定の締結につながる交渉を開始します。
我々のパートナーシップは、アジア全域に「優位と繁栄の弧」を創出する可能性を秘めています。それは、アジア経済共同体の形成の基礎となるものです。(後略)》
インドも一筋縄ではいかないしたたかな国ですし、中国との関係強化も同時に行っていて、必ずしも日本に都合がいいように動いてくれるわけではありません。ただ、中国との間では長年の地域紛争などもあり、ライバルであることから「インドは本音では中国を全然、信用していない」(閣僚)と言います。温首相が来日しようが、胡錦濤国家主席が来年来ようが、日中関係はしょせん限界があるのだから、私はやはりインドを大事にすべきだと考えています。
その点は安倍氏も麻生外相もよく分かっていると思うのですが、実働部隊である経済団体の方はどうなんでしょう。安倍氏は温氏に年内の訪中を検討するといいましたが、シン氏にも今年中の訪印検討を伝えています。どんな外交が展開され、どんな成果があるのか、注視していきたいと思います。


by akizuki
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