昨日、後輩記者からメールで送られたきた取材メモの中に、森喜朗元首相の大阪での講演の様子がありました。読んでみて、あいかわらずこの人は話がうまいなあと感心したので紹介します。森氏は興が乗ったときのおしゃべりの面白さから「座談の名手」といわれていますが、講演もけっこう上手です。こういうところが、ベテラン政治家は若手と違うと思います。(※これは録音テープの粗起こしで、省略した部分もあり、正確に起こしたものではありません)
《(われわれが一回生だった)その時代は日本を自由と民主主義を大事にする国にしていこう、というイデオロギーを持っていた。社会党や共産党はこの国を社会主義化して当時のソ連や中国のような国にしようとしていた。左か右か、という政治や政党の選び方だった。社会党は「中国はいい。台湾はダメだ。北朝鮮はいい」と言っていた。北朝鮮を礼賛していた。議会運営委員会の時、NHKが北朝鮮というと「人民共和国と言え」と社会党の人たちが文句を言っていた。今どうですか。あのころ北朝鮮をかばっていた人たちは。今になって拉致問題が明らかになった。日韓条約を結ぶのを命がけで反対していた。たった30年ぐらい前の話だ。
自民党と社会党の間には、激しい乱闘騒ぎが良くあった。議会制民主主義は政党間で議論して、最後は採決をして勝った負けたを決める。ところが当時は力ずくで採決をさせないようにしようとした。だから強行採決をせざるを得なかった。これは当たり前のことだった。日米安保や日韓条約に対しては絶対反対してくる。命がけだった。そういう国会が当たり前だった。
ところがだんだん乱闘しなくなってきた。テレビが国民に見せるようになったからだ。子供が不思議に思う。なぜケンカするのか。もう一つの戦法は牛歩戦術。粘った人ほど偉くなった。アホなことをやっているのは社会党で、共産党はスマートだった。だから共産党の方が人気が出る。社会党は総評や日教組から監視されている。それが次の選挙での票になっていた。それが当時の仕組みだった。
ところが最近はぴたっとなくなった。テレビのおかげだ。そこで最近は女性が前に出てくる。触ればセクハラだ。あいも変わらずこういうことが続いているのは、圧力団体に頼らざるを得ないから。民主党は民社党や旧社会党の集まった政党だ。今でもまだ、しっかりとした組織を持っていない。大阪では民主党が強いようだが。手足がない。だから小沢さんは参院選に勝つためには手足が必要だ。だから連合に頼ろうとする。かつての総評や同盟は民間労組が入っていた。しかし、民間は経営者と一緒になって生産性を上げようとしている。親方日の丸の団体はつぶせばいい。その象徴が国鉄だ。国鉄労組は民営化でなくなった。強硬な連中は去った。全逓もなくなった。連合から離れた。今では自治労と日教組しかない。だから日教組や自治労が絡む政策、法律には徹底的に抗戦する。それが教育3法だ。
戦後の60年発展したが、親子の絆がなくなった。地域社会もなくなった。昔地下鉄に乗るとき、降りる人を待って乗ったものだ。ドアが開いたら我先に入る。日教組の民主化運動、平等運動が原因だ。先生と生徒は教える側と教えられる側だ。敬意を払わなければならない。しかし、教室に行けば演壇はない。段差をしないで平等社会を作ろうとしているのは、社会主義の考え方だろうか。こんな事を言う我々は古い、と言われてしまう。そういう社会を作ろうと、共産主義者の指令を受けて、日教組は日本改造計画をかなり成功させた。いつまでもそういうことをさせてはいけない、ということで、教育基本法は実に20年かかった。中曽根内閣の時、私は文部大臣だったが、教育基本法を改正できなかった。簡単なことだ。日本の伝統や文化を継承していきましょう、公のために何が出来るのか、子供にしっかり教えましょう、ということ。そんなことをやるのに、20年もかかった。
なぜできたか、安倍さんがひるまなかったからだ。安倍さんは戦後体制からの脱却の中でやるべきことはやろう、と。教育基本法をやったから、教育界にも頭を切り換えてもらおう、まじめな先生とそうでない先生を区別しようということで、免許更新制を入れた。後ろに下がらないのは、安倍さん若いが決意はしっかりしている。
今回の例の年金問題、年金を扱っている社保庁の仕事が余りにもいい加減。だからこれを民間にして、それで再雇用してやりたい人は入ってもらおう。これが通ると一番困るのは社保庁にいる労組だ。これは自治労。左翼勢力の最前線の人の立場が悪くなる。だからこれを何とかしてつぶそう、と。そこで、例の5000万件の情報を出してきた。5000万人が年金をもらえない、と錯覚させた。10年前に制度を変えて名寄せをしましょう、と言ったのが当時の菅さんだ。歴代やってきたが、笛ふけど踊らず。職員はちっともやらない。協約を結んで市町村とのネットワークを結ばなかったりした。それが5000万件の原因だ。だけど、自民党にも責任はある。政党がどうこういうより、政治全体が反省しなければならない問題だ。こういう情報を国民を不安にするために出して、社保庁改革法案を闇に葬ってしまおう、ということこそ、政治がダメになる理由だ。
小沢さんに言いたい。同期生として我々たまには酒も飲む。お互いに日本の議会制が少しでも進歩するようにと思って努力してきた。しかしそのことが分かっていても、労働組合のご機嫌を取らなければならない。そのためにはああいう無様な国会をやらせて、つまらないニュースを取ってきて国民を巻き込んで不安がらせて次の選挙に勝とうという、このやり方はよくない。かつてホリエモンから情報をもらった(ママ)という永田メール事件の永田君も、東大大蔵省だ。それがあのつまらないメール事件を起こして、結局彼は辞めざるを得なくなった。そして前原君という優秀な代表まで辞めざるを得なくなった。私は今回の年金5000万件のうんぬんというのも、若干それに似ている、という感じがするんです。そういうことを取り上げては国民を不安に陥れて、そして自民党はダメだ民主党が正しい政党なんだ、というやり方は、もう私は古い古い手法だという感じがします。》
聴衆の気をそらさないように、具体的な自分の体験談を交え、だれでも知っている有名人の名前を入れながら、言いたいことはしっかりと主張していますね。森氏は、とっさの反射神経が要求される党首討論向きとは思えませんが、講演や座談は本当にうまいです。インタビューをしていても、興がのってくると、身振り手振りに他の政治家の物まねまで加えて話すので、ある種のエンターテイナーだなあと思います。
それで小泉内閣発足直後の平成13年5月に森氏にインタビューした際、森氏が田中真紀子元外相の物まねをしてくれたことがありました。ちょうどそのころ、北朝鮮の金正日総書記の長男である金正男氏が、成田空港で拘束されながら、あっという間に中国へと送還されるという出来事がありました。金正男氏を取引材料として、拉致事件を解決する千載一遇のチャンスを逃したわけですが、当時は小泉前首相の初訪朝前で、拉致事件のことも国民にきちんと認識されていなかったためか、あまり政府の失策として非難が盛り上がることはありませんでした。
で、森氏は巨体をゆすって、金正男拘束を聞いた田中氏が慌てふためいて、周囲に次のように命じる場面を演じてくれました。まるで直接見ていたかのような迫真の演技でした。昨日のことのようにまぶたに浮かびます。
「とっとと(国外に)出しなさいよ!!(大臣である)私が言っているんだから。早く出しなさいよ!!」
森氏は田中氏の様子をだれから聞いたかははっきり言いませんでしたが、「純ちゃん(小泉前首相)も、『あいつ(田中氏)は○○○○だ』と言っていた」とも語っていました。○○○○は、あまりいい言葉ではないので、伏字とします。かなりおかしい、ぐらいの意味です。当時、金正男氏の送還について、田中氏とその部下である外務省の槙田邦彦アジア大洋州局長が大きな役割を果たしたという情報は、あちこちから聞こえてきていたので、森氏の話についてもそうなのだろうと思った次第でした。
あのときは、政府内でも、こうした重要事項決定のラインに加わっていなかった安倍官房副長官らは悔しがっていましたし、北朝鮮や拉致問題に詳しいさまざまな識者が政府の対応に非を鳴らしましたが、その声は多数派を形成するには至りませんでしたね。自民党の山崎拓幹事長(当時)にいたっては「冷静かつ賢明な対応と認識している。日朝関係に対しては中立的な処理がなされた」と、のちの親北派ぶりをうかがわせるコメントをしていました。この人はある意味、一貫していたのですね。評価はしませんが。
さて、話はいっきに飛んで、それから5年余が経った昨年10月の衆院予算委員会でのことです。歳月に押し上げられて首相になっていた安倍氏に対し、民主党会派に移っていた田中氏が拉致問題について質問しました。かつて拉致問題に対して冷淡で、被害者家族を激怒させていた自らを省みることなく、小泉前首相や安倍氏の拉致問題への対応は不十分だと批判する田中氏に安倍氏が反論し、次のようなやりとりがありました。
安倍氏 「小泉内閣発足当時、金正日委員長のご子息が日本に入ってきて、それを直ちに送り返すというのは、それは当時の外務大臣がなされた判断だったと思います」
田中氏 「小泉内閣発足当時のことは、日中外務大臣の決断ではなくて小泉総理大臣です。安倍総理が反対しているのに、外務大臣が決定を外交問題で全部できるでしょうか。それを考えたら分かることですから。こういうふうなデマゴーグを流すのは、ああ、あの方だったのかと、今頃になってよく分かった次第でございます」
田中氏の様子は少し動揺しているように見えましたし、私は第一、この人の言葉をあまり信用していないのですが、このときは少しだけ考えさせられました。確かに、田中氏がその場を主導したかどうかはともかく、首相の認可は得たでしょうし。そして田中氏がいう「あの方」とは、文脈やこれまでの発言から考えると小泉前首相を指しているように受け取れますね。…今となっては古い話ですが、森氏の講演メモをきっかけに、いろいろと連想が広がったのでした。


by akizuki
写真・駐日中国大使から議員に…