今朝、所用があって本社に寄ったところ、12日の菅直人首相の記者会見での私の質問について、賛否双方の葉書が届いていました。ご存じない方もいるかもしれないので記すと、私はこう聞いたのでした。
「現実問題として与野党協議にしても、最大の障害となっているのは首相の存在であり、後手に回った震災対応でも、首相の存在自体が国民の不安材料になっていると思う。一体、何のためにその地位にしがみついていらっしゃるのかお考えを聞かせてほしい」
これに対し菅首相はこう答えました。
「阿比留さんの物の考え方がそうだということと、私は客観的にそうだということは必ずしも一致しないと思っています。(中略)私とあなたとの見方はかなり違っているとしか申し上げようがありません」
私はこの質問をするに当たって、まだ菅首相の正体と危険性に気付かないか、あるいはそれこそ私と見方がかなり違っている人からは、強い反発を受けるだろうなと覚悟していました。なので、今回、以下のような抗議の葉書が来たことはまあ予想通りでした。
「私の周囲も菅さんは良くやっていると言っている」「いま菅さんにやめられて、政治的空白ができたら真っ先に困るのは被災者ではないですか?また菅さんが今やめたら日本は世界から見放されるのではないですか」
この葉書は、普段は産経の読者ではない匿名の方からのものでした。実際、そのように考え、感じている人もけっこう多いのだろうなと思います。そしてそれもまたご本人の自由でもあります。
ただ、私は全く違う意見であることをこの際、強調しておこうと思います。上の抗議に沿って反論すれば、私の見るところ
①
というのが実態であるように思います。ちなみに、菅首相と韓国の李明博大統領との会談にかかわった関係者は「菅さんはまるで李氏の臣下であるかのようにペコペコしていた。あんな恥ずかしい首脳会談は初めてだった。あの人は本当に内弁慶で国内では威張り散らすが外国には弱い」と語っていました。中国の胡錦濤国家主席との会談で、冒頭あいさつまでメモに目を落としながら行ったのはテレビにも映ったから有名ですね。どこに出しても恥ずかしい首相です。
ともあれ、日本が危機だから菅首相のままでいくというのは間違いで、この先もしばらく危機が続くからこそ、こんな人災首相は早く代えた方がいいと考えているのです。菅首相の震災以降の言動、指示内容を取材すればするほど、その感を強くしています。
また、こう見ているのは当然、私だけではありません。読売新聞の伊藤俊行政治部次長は17日付のコラムで、少しぼかした表現ながら、私と似たような見解を示しています(※()は私が補足しました)。
《「危機だから司令官(菅首相)は交代不能」で「次もいない」という以上、ボートの船長(自民党の谷垣禎一総裁)が艦橋に乗り込むのが進路変更の早道だ。ただ、司令官自身が結束の妨げとなり、不安の原因であるなら、この「前提」も疑った方がいい》
《北朝鮮の核危機と平行した細川、羽田、村山の3政権にわたるドタバタなど、危機下の指導者交代の例は少なくなく、「次」も必ず出てきた。「危機だから代えない」のか、「危機だから代える」かは、状況次第、人次第だろう》
私は能力、識見、人格ともに他者に劣りながら、一点、権力欲だけは一に百倍する菅氏が首相の座にしがみつく姿を見ていて、次のマックス・ウェーバーの言葉を思い出すのです。
「権力を笠に着た成り上がり者の大言壮語や、権力に溺れたナルシシズム、ようするに純粋な権力崇拝ほど、政治の力を堕落させ歪めるものはない」(「職業としての政治」)

東京・大手町の紀伊國屋書店の掲示を見る限り、拙著の出だしは好調のようです。この場を借りて、買っていただいた皆さんに改めて心から感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございます。


by iza-denbo
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