8日に開催された中国の胡錦濤主席と歴代首相との朝食会の様子について、産経新聞が他紙より比較的大きな扱いで取り上げたところ、実に大きな反響がありました。特に、安倍前首相がチベットとウイグルの人権問題について直言したことに関しては、賛否両論(「賛」の方がかなり多いように感じました)を含めて、たくさんの人がブログで取り上げたり、また平沼元経産相がテレビ番組で指摘したりと話題になっていましたね。
ただ、そうした反響をいくつか見ていて、ちょっと気になったことがありました。それは、「首相時代は中国に何も言えなかったのに、やめて気楽になったら…」というものや、また「こういう安倍氏の中国への姿勢をマスコミがちゃんと報じていたら…」などの反応です。特に後者については、安倍氏が首相就任後の最初の外遊先として中国を選んだことに、当時、保守陣営からも「安倍氏は中国に膝を屈した」という声が出ていましたから余計にそうなのでしょうが、私は、少なくとも産経新聞は書くべきことはある程度書いてきたと思うのです。
ただ、そうした情報が十分に伝わらず、あるいは信じてもらえなかっただけで…。弱小、産経新聞の記者としては忸怩たる思いを禁じえませんが、結局、情報はマスコミがいかに流そうが、受け手がそれに関心を示し、また必要とした場合にしかなかなか伝わらず、伝播もしないものだと感じています。
というわけで、その実例として、安倍訪中直後に産経が掲載した検証記事をここで再掲します。これは、私の同僚の石橋記者が書いたものですが、私も当時の複数の政府高官から同様の話を聞きましたし、また、記事が出た後にも「あの記事はそのまんまだ」という反応がありました。これを読んでもらえば、安倍氏が首相就任前も就任後も、そして退任後も一貫して変わっていないことが多少は分かってもらえるのではないかと思います。また、私の11日のエントリ「『日中共同声明』はほとんど安倍内閣の遺産」とも関連しています。
《検証・日中首脳会談 「予定調和外交」から脱皮
[ 2006年10月13日
□想定問答無視、聞き役に回らず 文書破棄も覚悟、譲歩引き出す
首相として5年ぶりの訪中を果たした安倍晋三首相。日本との関係修復を急ぐ中国は国賓級で首相を迎え入れ、8日の北京は歓迎ムード一色に染まったが、水面下ではギリギリの駆け引きが続いていた。北朝鮮問題などをめぐり、東アジア各国が外交戦略の転換を迫られる中、外務省が主導してきた「予定調和」の日本外交が終焉(しゅうえん)したことは間違いない。(石橋文登)
▼幻のあいさつ
8日夕、温家宝首相主催の晩餐(ばんさん)会の直前。胡錦濤国家主席らとの一連の会談を終え、人民大会堂内の一室でひと息ついていた首相の表情がサッと険しくなった。
外務省高官が「中国側の意向」として、あいさつの修正を求めてきたのだ。
「なぜ私のあいさつの内容を中国側が知っているんだ?」。首相の問いに高官は押し黙った。「こちらは温首相のあいさつを把握しているのか?」。答えはなかった。相手の機嫌を損なわないことを最重視してきた外務省の「外交術」がかいま見えた瞬間だった。
「それではあいさつはできないな…」。首相の一言に高官らは狼狽(ろうばい)したが、首相は頑として譲らず、あいさつはキャンセルとなった。この夜、安倍、温両首相らが和やかに談笑する晩餐会の様子が世界に報じられたが、両国高官にとっては居心地の悪い席だったようだ。
▼会談の心得
首相の訪中を2日後に控えた6日、麻生太郎外相は衆院予算委員会の最中、首相にそっと手書きのメモを差し入れた。「首脳会談の心得」。要点は(1)両手で握手をしない(2)お辞儀をしない(3)政府専用機のタラップは夫人と並んで降りる-の3つ。首相はニヤリと笑って軽く会釈し、メモを胸ポケットにしまった。
首相と麻生氏がもっとも懸念したのは、歴代政権のように「日中友好」の甘言につられ、中国側に「朝貢外交」を演出されることだった。首相は握手の際、笑顔を見せたものの、視線は相手から一瞬も離さなかった。
さらに首相は一計を案じた。相手より長く話すこと。中国は古来官僚国家であり、文書をもっとも重視する。聞き役に回れば、書面上は「負け」ということになるからだ。
温首相は会談の冒頭から漢詩などを引用し、とうとうと話し始めた。首相はそれ以上に長い時間をかけて話を続け、特に歴史認識や靖国神社参拝に対する中国側の婉曲(えんきょく)な批判への反論にはたっぷりと時間をかけた。
外務省が作った想定問答はほとんど無視され、会談時間は予定の1時間から30分もオーバーした。中国側が「日本人は聞き役で、うなずくだけだ」と考えて会談に臨んだならば、大きな計算ミスだったといえる。
首相は最後に、練りに練った「殺し文句」を放った。「過去の歴史の問題では、わが国60年の平和国家としての歩みに正当な評価を求めたい」。温首相から「評価している」、胡主席から「信じている」という言質を引き出したことは大きな成果だろう。
▼共同プレス発表
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」
首相は訪中前、周囲にこうつぶやいた。訪中を指すのかどうかは分からないが、首相にとって、訪中は今後の政権運営をにらんだ大きな賭けだった。
それだけに首相は慎重姿勢を貫いた。中国側による招請は先月30日だったが、首相が決断したのは3日。しかし、正式発表の土壇場でもギリギリの攻防があった。
中国側が急遽(きゅうきょ)、正式発表の際に「政治的障害を除去し」という言葉を使うよう求めてきたのだ。首相は会談延期をにおわせて拒否し、最後は中国側が「除去」を「克服」に変えることで折れた。発表が4日午後にもつれ込んだのはこのためだ。
会談の文書化をめぐっても暗闘が続いた。中国側は文書に固執したが、首相は難色を示した。平成10年の小渕恵三首相と江沢民国家主席による「共同宣言」では、過去の責任と反省を示す「村山談話」が盛り込まれ、その後の対日批判に利用されたからだ。
中国側は訪中前日になって大幅に譲歩してきた。「歴史を鑑に」という常套(じょうとう)句は「双方は歴史を直視し」に変わった。日本側が主張する「未来志向」「東シナ海問題の協議」「北朝鮮への憂慮」も加えられた。
それでも首相は慎重だった。外務省側は会談前に「共同プレス発表」を交わすことを公表する考えだったが、中国へ向かう政府専用機内でその意向を聞かされた首相は「会談が終わるまでは絶対にダメだ」と譲らなかった。会談次第では、文書の破棄も念頭においていたようだ。
結果として、首脳会談は日中両国とも成果を強調できる形で終わった。だが、もしギリギリの攻防を回避していたら日本側に果実はあっただろうか。
会談後、中国の武大偉外務次官は日本の高官にこうささやいた。
「安倍首相が手ごわい相手だということは前々から分かっていましたよ」》
…記事の中に出てくる、相手に笑顔を見せないというやり方は、実は安倍氏自身が、小泉元首相の訪朝同行時に小泉氏にアドバイスしたことでもあります。私は安倍氏が同行した初訪朝時の小泉氏は終始厳しい表情を崩さずよかったと思いますが、安倍氏を伴わなかった二度目の訪朝時には金総書記の毒気にあてられ、弛緩したような表情や愛想笑いを浮かべるなどのシーンをテレビの画面を通して見て、先行きに不安を覚えたのを記憶しています。余談ですが、小泉氏は不機嫌なときなどは、それはそれはもの凄く恐い顔ができる(顔の造作の関係でしょうか)ので、金氏と会談するときにはあの顔で迫ってほしいと思っていたのです。
また、この記事にある日本の平和国家としての戦後の歩みへの評価を求めた部分も、今回の日中共同声明にも取り入れられ、結実していますね。今朝の弊紙正論欄で、同志社大の村田晃嗣教授が「『日本は中国に対して、言うべきことを毅然として言うべきだ』といった類の議論は、控え目に言っても愚昧である」と書いていますが、こういう人こそまさにどう控え目に言っても愚昧という言葉が似つかわしいと考えます。
表の交渉でも裏の交渉でも、トップの会談でも事務方のやりとりでも、指摘すべき点を指摘し、ときに相手が乗れない高めの話をわざとふっかけ、ビーンボールも交えて着地点を探るものでしょう。こういう、実際の現場でのやりとりも交渉の実態もろくに知らずに、机の上で勝手に保守派の言っていることを単純なうさ晴らしみたいなものだと決めつけるタイプの人は、リベラル派の政治家にもよくいます。この手の人は、自分が批判の対象として取り上げているものごとに対する観察力も洞察力もなく、実に浅いレベルのことをさも高尚なことのように語るので反論するのもバカらしく、毎度げんなりするのです。よほど自分だけが賢くて偉いと思っているのでしょうが、端から見るとただ頑迷で「ナントカの壁」を感じさせるだけですね。そういえば福田首相にもそういうところを感じます。
気をとり直して記事に戻ると、安倍氏はこのときも、最終的に日本側の主張が取り入れられなければ文書は破棄するつもりでした。こうしたトップの姿勢が伝わったからこそ、中国側もいろいろと折れてきたわけですね。これは、以前のエントリで書いた通り、昨年4月の日中共同プレス発表のときも同じでした。当時を知る政府筋の一人は「トップがぶれず、まとまらないなら合意しなくていいとはっきりしていたから、実に交渉はやりやすかった」と語っています。保守派の論壇人の中には、産経がいかに安倍氏の言動についてきちんと書こうと、なぜか、たいした取材源も情報も持たない朝日新聞などの記述をもとに「安倍氏が変節した」などと批判する人が少なくなかったことも、忘れられませんね。
少し話があちこちに飛びましたが、この記事のほかにも、産経も私も、それぞれの場面で国民に伝えるべき、知らせるべきだと思ったことを、紙面でもブログでも書いてきたつもりです。もちろん、いつも正しかったとか無条件で信じてほしいとか、そんなことを言う気はありません。でも、情報は、能動的にそれを取り入れようとする人以外には、なかなか伝えられるものではないとつくづく感じています。まして、ご存知の通りの非力・非才の身であればなおさらいつも、それを痛感させられるのです…。


by kakasai
東京を離れて署名してきました…