先日、産経の国際面に「対北制裁解除 米に要求 ノーベル受賞者韓国集会」という記事が掲載されていました。テポドン2号がまさに発射されそうだという時期に何をバカなことを思って読み進めると、「日本からは土井たか子元衆院議長が参加した」とありました。議員を引退してからもこんなことをやっているんですね。この人に元衆院議長という肩書きを与えることになった「自社さ」政権とは、なんと罪深い存在だったことか。
土井氏といえば、拉致実行犯のシン・グァンス元死刑囚の釈放嘆願書に村山富市元首相、青島幸男前都知事、民主党の菅直人代表代行らとともに署名した「極めて間抜けな」(安倍晋三官房長官)な人として有名ですね。拉致被害者家族の有本ご夫妻に対し、極めて冷淡だったことでも知られています。 実際、私が見聞した限りでも、いろいろと奇矯な言動を繰り返す人でありました。
5年前、扶桑社の中学歴史教科書が検定に合格し、どの程度採択されるかが話題になっていたころのことです。議員会館で開かれた扶桑社本採択反対集会をのぞきに行くと、土井氏は力強く叫んでいました。
「この教科書は、従軍慰安婦はいなかったという人たちが書いている」
「憲法は言論の自由を保障しているが、教科書では言論の自由は制限されていい」
はぁ?‥。土井氏が批判している人たちは、「戦中に従軍慰安婦とい言葉はなかった」と言っているだけなのに、土井氏の発言では「従軍慰安婦という存在がなかった」と主張しているようにすり替えられていました。悪質なレッテル張りです。また、土井氏は確か憲法学者を自称していたはずですが、「言論の自由は制限されていい」と言い放つなんて。
この人は何者なのかと興味を覚えた私はその後、土井氏の経歴を調べてみました。この問題は、ネット上でも「学歴詐称」の可能性が話題になっていたので、とりあえず確かめようと思い立ちました。
まず、本当に同志社大学に在籍していたのか。同大の広報に問い合わせると、例によって個人情報だからと渋りつつも「昭和二十○年から二十○年までいらっしゃったようです」との回答がありました。
私 「いたようです、じゃなくてちゃんと調べてくださいよ。元衆院議長で衆院議員という公人なんだから」
広報 「うーん、ちょっとお待ちください」
しばらくたってから、「一応、教授会に諮る必要があるので、文書で質問状を出してください」という返事がありました。随分と大げさな話だと思いつつも、文書を出したところ、数日たって「やはり個人情報だから開示できないということに決まりました」とのつれない回答。なんなんだ、このガードの堅さは!。ちなみに、知人が同じように広報に在籍期間を問い合わせたところ、
仕方がないので、次に土井氏の本当の出身校だとされる京都女子大(当時は京都女子専門学校)の同窓会に問い合わせると、「ええ、土井さんはうちの卒業生です。卒業後は昭和29年まで本校で講師をしていらっしゃいました」とあっさり教えてくれました。専門学校時代の専攻は中国語ではなかったか、とのことですが、これははっきりしません。
同志社と京都女子大の話をあわせると、土井氏は母校で講師をしながら同志社大に通っていたことになります。不可能ではないでしょうが、どこか不自然ですね。
しつこい私は、兵庫県選挙管理委員会が発行した衆院選挙公報を入手してみました。まず、昭和44年のもので学歴をみると
兵庫県立第3神戸高女卒業
京都女子大学外国語学科卒業
同志社大学法学部卒業
同志社大学大学院法学研究科修了
とありました。ふーん。京都女子大を出たのちに同志社の法学部を出たとあるな。じゃあ、47年の公報はどうかな。略歴欄の学歴には
京都女子大・同志社大学大学院卒
とだけ‥。同志社大学法学部を卒業したんじゃなかったの?さて、51年の公報はどう書いてあるかな。
同志社大学卒
同志社大学大学院修了
同志社大学卒は復活したけど、今度は京都女子大がなくなりました。なんだか迷走している気がするなあ、54年の公報はどうかな。
兵庫県立第三神戸高等女学校卒
同志社大学大学院法学研究科卒
今度は京都女子大と同志社大学の両方が消えた。55年の公報も54年と同じ記述。58年、61年、平成2年、5年の公報からは略歴・学歴欄そのものがなくなっています。ふーむ。他候補はみんなプロフィールを記しているのに。途中から同志社大学卒と書かなくなった理由が知りたいところですねぇ。
結局、その後、追わなければならない日常業務が忙しくなったことや、土井氏自身が議員を引退したこともあり、私の取材はここまでで止まっています。すいません。根性が足らないのか調べかけで放り出した取材テーマは少なくないのです。でも、確かに「疑惑」は残りました。どなたかご存知のことがあったらご教示ください。


by hoisassa
東京を離れて署名してきました…