イザもスタートして2年以上がたち、記者ブログも筆を折ったり、退社したりした人もあってずいぶんと入れ替わりました。ちょっと寂しくもありますね。私はなんとか、当初からのメンバーとして細々と続けていますし、おおむね訪問者のみなさんのご厚情を受けて楽しく書かせてもらっているわけですが、やはり一部の人からの誤解・曲解は免れないものだとしみじみ痛感しています。そこで、何をいまさらではありますが、本日はある意味での「本音」を書こうと思います。
私のブログは、自称「放言ブログ」であり、ときの首相も野党第一党代表も与党有力者もそれこそポロクソに書いています。また、同列に並べると叱られるかもしれませんが、革マル派など左翼過激派や朝鮮総連、部落解放同盟など人権団体、創価学会など宗教団体、日教組、自治労など左翼労働団体…などに関しても、批判や問題点の指摘、情報公開を続けています。変な話、ここまで堂々と書いている記者は、珍しいのではないかと自分で思っています。
それは、私ができるだけたくさんの人と情報を共有したいと願い、またそうすることによって私の思いもまた、より多くの人と共有できるのではないかと考えているからです。ですから、記者として知り得たこと、見聞きしたこと、感じたことを可能な限り包み隠さずに書くようにしています。もちろん、取材先や私の仕事上の事情、話の信憑性、ブログに割ける物理的な時間の制限などを考慮しなくてはならず、聞いたことすべてを書くことはできません。でも、聞かれればたいていのことはコメント欄でのやりとりなどで明らかにしてきたつもりです。
もっとも読者のみなさんにとっては、そんなのは当たり前であり、この程度ではむしろ手ぬるいと感じるレベルであるかもしれません。しかし、社名と所属、実名を名乗ってこれまで書いてきたことは、私なりに記者生活を通じて身につけた感覚では、常に危険とのぎりぎりの線にあったと思います。まして、私のように姓名とも変わった名前だと、他の人と間違われようがないだけに、相当のプレッシャーを感じながらこれまで書いてきたのです。実際、これはやばいのではないかと関係者に忠告を受けたことも何度かあります。
私が新聞社に所属しているため、「どうせ会社が守ってくれるのだろう」という見方をされる人もいるようですが、私が書いたことが問題になった際、会社がかばってくれるなどとは思っていません。イザの記者ブログの規約にも、そういう際には自己責任だと明記されています。このイザの空間は、自由であると同時に、記者が放り出された場でもあるのです。私は、会社の実験台、しかもその実験をきちんと検証する人も評価する人もいないような実験台とされているように思うこともあります。会社がどうこうしてくれるなんて発想はそもそもありません。
こういうことを書くと、かえってそういう事態を招来しかねないと自粛していましたが、正直な話、家族に何らかの迷惑をかける日が来ないかと心配しています。自分自身はどうなろうとかまいませんが、そういうことは絶対に起こってほしくありません。でも、私や同僚記者がやっていることは、そのような可能性を排除できるものではないと思っています。それでも、何とか私が知り得たこと、あまり世間に知られていないが大事なことを伝えたいと思ってブログを続けていますが、それを単なる他人の悪口で鬱憤晴らしをやっているだけだと指摘されることがあり、残念で仕方ありません。
また、私は一度ブログ本を出版してもらう機会をもてただけ幸せですが、記者ブログを書いても会社から一銭でも手当が出るわけでもありませんし、何か評価されるわけでもありません。もちろん、言いたいこと、伝えたいことがあるからブログを続けているわけで、その点では何の文句もありませんが、記者として何か余禄があるわけではないのです。メディアの将来像を考えるとき、記者ブログは欠かせないものであるようにも思うのですが、実際は大変な負担であることも事実です。
社命でブログを始めたばかりのころ、当時の上司から「あまりいろんなことを書くと、仕事の幅を狭めるよ」と注意されたこともあります。実際、取材先や同業他社から「読んでいるよ」と言われると、嬉しさなどほとんどなく、ひたすらやりにくいばかりです。ですが、私はブログ開始時に、記者としてはマイナスかもしれないが、今まで知っても書けなかったこと、こうだと思っても紙面に反映できないことをどんどん書いていこうと決めたのでした。仮にそれによって、記者としてキャリアを積む上で不都合が生じても、それはそれでいいのではないかと。つまらないレベルの話かもしれませんが、これも私にとっては一つの覚悟を決めた瞬間でした。
ですから、いま現在、私のブログへのスタンスは、自分の利害をある程度度外視しつつ、かつ好きなことこと、紙面にはあまり載らないけれど大切だと思うことを書く、というものです。その結果、私が特定の政治家を批判し、また別の政治家を評価したとしても、それは、心からそう信じているだけのことです。それを、まるである政治目的のためにそうしているように指摘する人もいますが、で、私はそうすることで何か利益を得ているのでしょうか?何かいいことがあるのでしょうか?。記者をやっていく上で、どんな利点があるというのでしょうか?…まあ、私はそもそも、そういう損得計算が全くできないタイプの人間であると自分では思っています(ほめられたことではありませんが)。
というわけで、今回のエントリは少し感情的になっていたかもしれません。また、私を含めた記者一般、報道のあり方への批判は私自身、実にもっともだとうなずくことが多いのも本当です。ただ、日々の仕事とも家庭やプライベートとも両立させながら、記者ブログにも取り組む記者たちが、そんなに安易な気持ちで書いているのではないことを、少し言いたくなってしまいました。もちろん、これからもさまざまなご批判はお受けしたいと思いますが、率直な気持ちを記したくなった次第です。


by hoisassa
東京を離れて署名してきました…