ちょっと前の話ですが、まだ正月休みの最中だった3日に、当日の当番デスクから電話があり、「韓国の朝鮮日報が『竹島は日本の島ではないと明記した日本国内法令を発見した』と報じているけどどう思う。追いかけるような話かな?」ということでした。で、どんな内容かと聞くと、1951年(昭和26年)に公布された総理府と大蔵省の政令の中で、「本邦」から「竹の島(竹島)」が除外されていると書いているということでした。
まだお屠蘇気分も残っていましたし、電話だけでは正直なところよく分からなかったので、「はっきりしませんが、飛ばし記事が多い韓国の報道だし、とりあえず追いかける必要はないんじゃないですか」とテキトーな返事でお茶を濁してしまいました。その後、5日に夕刊当番で会社に上がったら、その朝鮮日報の記事(日本語版)のコピーがデスクノートにはさんでありました。なるほど、記事には「独島(日本名:竹島)を自国領と主張している日本が、1951年に公布した法令で独島を『日本の付属の島』から除外していた事実が明らかになった」と特ダネタッチで書いてあります。そこで、一応、いずれ外務省の見解を確かめてみようと考えました。
新年の雑用でばたばたしているうちに翌日の6日となり、夕方の外務報道官の記者会見に出たところ、ちょうどこの件に関する質問が出ました。ところが、これは想定問答の中に含まれていなかったらしく、報道官は調べてから後ほど改めて答えるということでした。で、さらに後に「担当課が対応する」と連絡が入りました。
この件について、今朝の読売新聞はペタ記事で「日本領から除く法令 韓国の報道に反論 竹島問題」と短く載せていました。記事は、外務省が「問題の法令は、占領当時の日本政府の行政権が及ぶ範囲が示されているだけであり、日本の領土の範囲を示したものではない」(北東アジア課)との見解を明らかにしたと書いていました。まあ、これでもいいのですが、ちょっと簡略に過ぎて分かりにくいかとも感じたので、この際、私が担当課に聞いた話も含めて補足したいと思います。
まず、朝鮮日報が、日本側が竹島を「本邦」から除外したと指摘している政令は、51年1月公布の総理府令第24号「朝鮮総督府交通局共済組合の本邦内にある財産の整理に関する施行に関する総理府令」と、同年2月公布の大蔵省令第4号「旧令による共済組合等からの年金受給者のための特別措置法第四条第三項の規定に基づく附属の島を定める省令」の二つです。
朝鮮日報はこの2政令について、「韓国政府首相室の監督を受ける政府出資の研究機関『韓国海洋水産開発院』が2日、2法令を探し出したと発表した」と書いています。でもねえ、これはインターネットで法令検索すれば簡単に出てくる法令で秘密でも何でもなく、「探し出した」と言われてもなあ、という気がします。では、これに関する日本の外務省担当者の見解を紹介します。
《担当者 韓国の報道で出ている法令は、49年~51年ごろに制定されたものですが、当時は日本は連合国軍総司令部(GHQ)による占領下にありました。その占領時代には、GHQ覚書というものがいくつも出ていて、その677号によって、竹島だけでなく、小笠原諸島なども日本の行政区分から除外されていたわけです。そのような事情で、法令の適用範囲となる「本邦」の用語の定義で、竹島を除外しているのです。その当時、占領下という特殊な状況のもとで法令の適用範囲を定めたものにすぎません。》
…関連して補足すれば、確かに総理府令第24号は、朝鮮日報が報じた通り、除外する島として「鬱陵島、竹の島及び済州島」を明記しています。しかし、なぜか朝鮮日報は触れていませんが、同時に「千島列島、歯舞群島及び色丹島」「小笠原諸島、硫黄列島」なども記しています。また、大蔵省令第4号の方も同様に除外する島として竹の島のほか「千島列島、歯舞列島及び色丹島」を明記しています。
《担当者 また、GHQ覚書677号には、覚書の中のいかなる規定も、領土帰属の最終決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない旨も明記されています。いずれにしても、我が国の領土に関しては、サンフランシスコ平和条約で規定されています。これは外務省のホームページにも掲載されていますが、その起草過程においても、韓国は日本が放棄するべき領土に竹島を含めるよう要請したが、米国は拒否した経緯があります。連合国が、日本が放棄すべき領土の中に竹島は含まれないと認識していたのは明らかです。》
…担当者が、外務省のホームページに掲載されていると述べているのは、いわゆる「ラスク書簡」の件ですね。1951年7月、韓国の梁(ヤン)駐米大使がアチソン米国務長官宛の書簡を提出し、サンフランシスコ平和条約の条文を書き換えて「独島」を入れるよう求めたが、米国は、同年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって次のように回答し、韓国側の主張を明確に否定したというものです。
「合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない」
…まあ、今回の件も針小棒大で知られる韓国の報道だからなあ、ということを改めて感じた次第です。日本の報道も決してほめられたものではないのは重々承知していますが、昨年12月の北京での6カ国協議でも、韓国の報道は「何で?」「本当に?」と驚くようなものが多く、あとで判明した事実と大きく違っていることもありました。外務省幹部によると、6カ国協議がまさに開かれている会場でも、各国代表が自分たちがまさに今続けている協議に関する韓国の報道内容を聞いたり見たりしては「オーっ」と声を上げて驚いていたそうです。


おまけの写真です。上は、年末に食べた大分名物「団子汁定食」、下は実家の雑煮です。よく食べよく飲んだ年末年始でした…。


by saxophone
短信・金環日食で始まる一日